10-19 抑えきれない感情と受け止める覚悟
「駿……キス、しよう」
「えっ!?」
果奈の口から零れたその一言に、駿は一瞬で頭が真っ白になった。
◆◆◆
大きく息を吸い、落ち着け、と自分に言い聞かせながら乱れた思考を必死に整理する。
けれど、その隙を埋めるように果奈は静かに続けた。
「駿が嫌ならやらなくていいの……」
一度言葉を区切り、小さく息をつく。
「でも、してくれたら今後同じことがあっても、モヤモヤしないと思う」
その瞳は今にも溶けてしまいそうなくらい潤み、頬は夕焼けのように赤く染まっていた。
愛おしい――それだけでは言い表せない。
果奈がどれほど勇気を振り絞って、この言葉を口にしたのか。
それが痛いほど伝わってきた。
「……駄目?」
戸惑いが完全にないかと言われたら嘘になる。
けれど、その迷いよりも大きかったのは、果奈を安心させたいという気持ちだった。
もう答えは決まっている。
「……いいよ」
一瞬だけ果奈が目を丸くする。
そして、その表情はゆっくりとほどけるように柔らかくなった。
「……ありがとう」
その小さな一言に、どれほどの想いが込められているのかなんて分からない。
それでも、受け止めたいと思い、ゆっくりと向かい合う。
何度も見てきた果奈の顔。
何度も目を合わせてきた距離。
それなのに今日は、互いの鼓動まで聞こえてしまいそうなくらい近く感じる。
「……いくよ」
「……うん」
果奈は今にも消えそうな声で小さく頷いた。
それを確認し、ゆっくりと果奈の唇に近づける。
そして、そっと唇を重ねた。
触れた瞬間、時間が止まったような気がした。
柔らかな温もりだけが確かに伝わってくる。
目を開けて、果奈がどんな表情をしているのか見たかった。
けれど、不思議と瞼が開かない。
今はただ、この静かな時間を壊したくなかった。
やがて互いに少しずつ距離を離す。
目を開けた瞬間、果奈も同じタイミングで目を開けたみたいで、見つめ合うような形になった。
恥ずかしそうに頬を染めながらも、見つめてくる果奈。
その視線だけで、更に心臓が昂ってしまう。
「……どうだった?」
「……凄かった」
そう言った後に、もっといい返答があっただろと、ツッコミたくなる。
そんな時だった。
「……駿」
「ん?」
次の瞬間、果奈がもう一度そっと距離を縮め、再び唇が重なる。
突然のことで何も考えられず、ただ身を委ねることしか出来なかった。
再び混じり合う互いの唇。
今度はさっきよりも、果奈の想いがまっすぐ伝わってくるようだった。
そんなことを思いながら、キスをしていると ――。
「!?」
唇とは違う感触が口の中を刺激する。
嫌だった訳じゃないのに、反射的に口を離してしまう。
「今のって?」
「……違うの。本当に違うの。でも分からない。無我夢中のあまり、つい……」
果奈自身も理解出来ないでいるみたいだった。
「……今日の私、なんかおかしい」
そんなことはない。
果奈はただ、自分の気持ちに正直になってキスをしてくれたのだ。
それを無下にする訳にはいかないと思うと、自然と言葉が出てくる。
「もう一回、キスしよ。果奈の想い、全部受け取るから」
「……いいの、本当に?」
「うん」
そして三度、果奈と向き合う。
果奈の儚い視線からは不安と同時に、覚悟を感じた気がした。
「……いくよ」
「……う、うん」
互いに顔を近づけ、三回目のキスが始まる。
三回目でも、果奈の唇の感触は最初にキスした時と同じように、新鮮で特別だった。
そして、覚悟を決める。
さっきは驚きのあまり、逃げてしまったけど、今回は向き合う。
それだけを意識して臨んだ。
一回目、二回目とは全く違う深い口付け。
果奈の想いに答えるように、必死に絡め合う。
聞こえるのは互いの口の間から漏れてくる吐息と声にならない音。
目を瞑っていて分からないけど、果奈の手を握る感覚がした。
激しくなればなるほど、同じように激しく握り合う。
しばらく続き、果奈が唇を離したのを感じ、ゆっくり目を開けた。
「はぁ……はぁ……」
果奈は唇を僅かに開いたまま、息を整えようとする。
ただそれだけの仕草なのに、やけに意識してしまう。
「……駿、大好き」
静かな部屋に、優しい声が響く。
「大好きだよ、果奈」
短い言葉だった。
けれど、その一言だけで十分だった。
夕方。
帰る果奈を見送り、再び部屋へと戻る。
部屋の中には窓から入る夕陽の光が充満しており、果奈とさっきまで過ごした空間とは思えないほど静かだった。
(この部屋で、果奈と……)
考えた途端、胸が熱くなる。
それが夏の強い夕陽から来るものではないということは、すぐに分かった。




