10-17 近すぎる距離感
週末。
駿は果奈との待ち合わせ場所である駅へと向かっていた。
◆◆◆
今日は果奈とのプールデート。
プールデート自体も楽しみだけど、それ以上に気になっていることがある。
――果奈はどんな水着を着てくるのだろう。
考えるだけで胸が高鳴り、普段ならうんざりする夏の暑ささえ、今日は気にならない。
駅へ到着すると、既に果奈が待っていた。
「ごめん、待たせた?」
「大丈夫。私もさっき来たところ」
右手には水着が入っていると思われる大きなバッグを持っており、それを見ただけでも不思議と、期待が膨らむ。
「……私の水着姿、楽しみ?」
「えっ!?」
不意打ちの質問に思わず声が裏返る。
「……楽しみ」
本当のことなのに、妙に照れくさい。
「なら、よかった……楽しみにしててね」
その言い方は、いつもより少しだけ柔らかかった。
そう言ってくれるのは嬉しかったけど、微かな違和感も覚えた。
普段の果奈なら、こんな話題を自分から振ったりしない。
どこか引っかかる。
そんなことを思いながらも、バスに乗り、プールへと向かう。
バスに揺られる時間は、思っていたより短く、窓の外に流れる街並みが、少しずつ夏のレジャー施設へと近づいていく。
人の数も、浮かれた空気も、明らかに変わっていき、プールに着く前から、すでに夏の匂いが濃くなっていた。
到着し、果奈と別れて更衣室に着く。
「後でね」
果奈のその一言が、妙に耳に残る。
(……後で、か)
当たり前の言葉なのに、少しだけ落ち着かない。
水着に着替え終え、更衣室を出る途中、鏡に自分の水着姿が写る。
テニス部に入っていることもあり、そこそこの筋肉は付いていた。
でも。
周りには自分以上にがたいがよく男らしい身体をしている人が多かった。
(こんな人達がいっぱい居る中で、果奈と一緒に過ごしても大丈夫なのだろうか?)
今までなら気にしなかったことが、今日は妙に引っかかる。
果奈と来ている。
そのせいか、勝手に意識してしまう。
意識しても仕方がないので、大きく深呼吸をして、広場へと向かった。
広場に到着すると、一気に音が変わった。
流れるプールにウォータースライダー。
水しぶき、笑い声、流れる音楽。
全てが混ざり合って、夏そのものみたいな空間になっている。
そこを抜けて、果奈との待ち合わせ場所へと向かう。
その時だった。
「駿!」
名前を呼ばれ振り返ったその瞬間、言葉を失った。
そこには水着姿の果奈が立っていた。
余計な装飾はない上下とも純白の水着。
けれど、白という色が果奈の透明感を際立たせていて、魅力を更に引き出している。
夏の日差しなんかより、ずっと眩しいと思った。
「お待たせ」
果奈が近づいてくる。
近くに来て改めて見てみると、いい意味でまた違って見えた。
「水着を後ろで結ぶのに、時間がかかって遅くなっちゃった」
「そ、そうなんだ」
果奈の水着姿に見惚れてしまい、はっきりと返答が出来ず、声が少し裏返る。
自分でも分かるくらい、落ち着いていない。
「ねぇ、駿……」
果奈は少しだけ視線を上げた。
「水着、似合ってる?」
さっきまでの明るさとは違う、不安を含んだ声。
だけど、そう質問される前から返す言葉は決まっていた。
「似合ってる。水着の白さが果奈の雰囲気に凄く合ってる」
言った後で少し恥ずかしくなるくらい、正直な言葉だった。
果奈は一瞬だけ目を見開いて、それからそっと視線を逸らす。
だけど。
頬が緩んでいたのは分かった。
「……ありがとう。駿に喜んで欲しくて、新しい水着買ったから嬉しい」
プールに行くとなって慌てて買ったのだと思う。
それでも、最高の水着姿を届けてくれて、果奈に感謝してもしきれない気持ちになる。
「果奈、ありがとう」
「なんで、駿が礼を言うの?」
「なんとなく」
どこから来るお礼の言葉なのか分からず、笑顔で誤魔化すように返した。
「それじゃあ、駿」
果奈が自然に手を伸ばし、そのまま俺の手を取る。
「早くプール行こ」
手を引かれるまま、プールへと向かった。
プールでは様々なアクティビティを楽しんだ。
ウォータースライダーに乗ったり、流れるプールで流れたり、夏のプールならではの体験に一喜一憂してあっという間に時間が過ぎていく。
だけど、そのひとときの間で果奈がいつもと違うように感じた。
移動する時、必ずと言ってもいいほど、果奈は手を繋ごうとしてくる。
手を繋ぐのは今まで何度もしてきたし、恋人としては普通のこと。
でも、いつもはこうじゃない。
朝から抱いていた違和感は更に強まった。
夕方。
プールを満喫したので、帰ることにする。
午前中には人で溢れていたプールも、今はまばらになっていた。
濡れたプールサイドを二人で歩いていると、お盆での出来事の話となり、会話が盛り上がる。
「翔太がアイス食べ過ぎて、大変だったんだ」
「それは大変だったね。でも、翔太くんがそれやる理由、分かるな~俺も小学生の時、棒アイス何本も食べてダウンしたことあったし」
「駿もそうだったの」
「うん。しかもその時、まだ結が幼かったから、そんな俺を見て、泣き出すし、本当大変だった」
「もしかして、二人……うわっ!」
果奈の身体が大きく傾き、手を繋いでいた方の腕が引っ張られる。
(まずい!)
そう思った瞬間、反射的に腕を引いた。
転ばせたくなかった。
ただそれだけだった。
果奈は転ばずに済んだが、勢いが余ってそのまま抱きついたような形になってしまう。
「――っ」
状況が理解出来ない。
それでも、果奈の身体と触れ合っていることはすぐに理解出来た。
濡れた素肌。
二つの柔らかい感触。
これまでにも果奈に抱きつかれたことはあった。
でも、その時とは全く違う感覚になり、考えるだけで、頭が真っ白になる。
「駿……」
今にも消えそうな声と同時に、果奈が顔を上げる。
距離が近い。
近すぎる。
「果奈……腕、急に引っ張っちゃったけど、痛くなかった?」
「大丈夫……」
それを聞いて安心し、離れようとした。
けれど。
果奈の腕はまだ背中に回されたままだった。
「果奈?」
「ごめん……ほんの少しだけ、この状態でいてもいい?」
「……分かった」
果奈の指先が背中をぎゅっと掴み、そして果奈は安心したように目を閉じて小さく呟いた。
「駿の背中、ガッチリしていて男らしい……」
「そ、そう?」
同時に、鏡に映った自分の姿を思い出してしまう。
正直、思い出したくもなかった。
もっと体格のいい人はたくさん居た。
もっと格好いい人だっている。
だから自信なんてなかった。
すると、果奈が首を横に振る。
「駿にとってはそうなのかもしれない」
少しだけ抱きしめる力が強くなる。
「でも、私にとっては男らしい……」
しばらくして、果奈は身体から離れる。
果奈の言葉で、胸の奥に残っていた一つの不安が、静かに溶けていく。
だけど。
抱いていた違和感は確信へと変わった。
今日、何度も手を繋いできたことと今も離れようとしなかった。
まるで何かを確かめるみたいに。
乗り込んだ帰りのバス。
さっきのことが、頭の片隅でまだ小さく引っかかっているせいか、会話がぎこちない。
「駿、明日も空いてる?」
「うん」
「明日も遊ばない?」
「いいよ」
「ありがとう」
そこで、会話が終わり、外の景色を見る。
窓の外を流れていく景色が、妙に速く見え、夕方の光がガラスに薄く滲んでいた。
橙色と青が混ざりきらないまま、世界を曖昧にしている。
その時。
美生の言葉が脳裏に蘇った。
『気を遣って表には出さかっただけで、果奈ちゃんは内心に溜め込むと思うの。もしも、次に電話したり会ったりした時、いつもと違うなって思ったら、果奈ちゃんを気にしてやってね』
確かに、今日の果奈の接し方はいつもと少し違った。
楽しそうだったし、笑っていたけど、本当にそれだけだったのだろうか。
美生の言っていたように、果奈は内心に何を溜め込んでいるのか。
今聞こうと思ったけど、さっきの出来事を思い出してなかなか話せない。
考えるだけで、モヤモヤする。
外では、雲の隙間から差し込む夕陽が辺りを照らしていた。
光は見えるけど、その向こう側までは見えない。
それは今の果奈と、どこか似ている気がした。




