10-14 二人で見たかった星空と突風
次の日の夜。
駿は果奈に電話をかける。
◆◆◆
「お盆の時に電話かけてごめんね」
「今日の夜は空いてたから、気にしなくてもいいよ」
受話口から聞こえる声に、胸の奥が少しだけ緩む。
たった数日しか経っていないし、今だって顔は見えていない。
それなのに、不思議と安心する。
「それに……私も駿の声が聞きたかったから」
柔らかな一言に心臓が跳ねた。
果奈には見えていない筈なのに、少し照れくさかった。
電話をしながら、近くにある林の中を進んでいく。
木々の隙間から覗く夜空は静かで、虫の鳴き声だけが響いている。
しばらく進むと、大きく開けたところに到着し、視界が一気に開けた。
「よし、着いた」
「着いたってどこに?」
「今、見せるからちょっと待ってて」
夜空を見上げる。
その瞬間、自然と息を呑んだ。
そこには、夜空を埋め尽くすほどの無数の星が広がっており、天の川も肉眼で分かるくらい、はっきりと見えていた。
「……綺麗」
思わず声が漏れてしまう。
「何が綺麗なの、駿?」
「今から見せる」
果奈にも見てほしかった。
同じ景色を。
同じ感動を。
ビデオ通話に変え、スマホを満天の星空へとかざす。
「凄く綺麗でしょ」
きっと感動してくれるに違いない、そう思っていた。
「う~ん?」
聞こえてきたのは不思議そうにする声。
「星空、見えない?」
「ぽつんぽつんとあるのは分かるんだけど……ほぼ真っ暗」
「嘘……」
その一言しか出なかった。
考えてみれば、高性能のカメラならまだしも、スマホのカメラでちゃんと写せる訳がない。
そんな当たり前のことに気づけず、ため息が漏れてしまう。
この景色を共有したくてやったのに、少しだけ残念だった。
すると――
「これって、夏の大三角形?」
落ち込んでいたところ、果奈の声が聞こえたので、再び夜空を見上げる。
画面の先には、三つの明るい星が三角形を描いていた。
「うん、画面越しでも見えるの?」
「はっきりとではないけど、三つの明るい星を結ぶと三角形みたいになるから、なんとなく分かった」
果奈は更に続ける。
「駿が見てる星空を見れなかったのは残念だけど、一緒に見たいという思いは伝わった。それだけで、私は嬉しい。今度二人で星を見に行こうね」
電話越しからでも伝わる嬉しそうな果奈の声。
言葉に飾り気はなく、だからこそ真っ直ぐ届いた。
見せたかった景色は見せられなかった。
だけど――
見せたかった気持ちは、ちゃんと届いたと実感し、さっきまで落ち込んでいたのがどうでも良くなる。
「うん、行こう」
「私、冬の夜空も好きだから、冬でもいいかもね」
「えっ、寒くない?」
「確かに……まぁ、なんとかなるでしょ」
「そうかな~」
電話はしばらく続く。
何気ない話。
学校のこと。
夏休みのこと。
だけど。
伝えないといけないことが残っていた。
「実は家庭の事情で、美生が家に泊まりに来ることになった」
一瞬の沈黙の後、果奈が話し始める。
「そうなんだ……家庭の事情ならしょうがないよ」
果奈の声は落ち着いていたが、逆に落ち着き過ぎているようにも感じた。
「理解してくれてありがとう」
「浅村家と島内家、それぞれが支え合っての今があるのだから、そこは彼女としてちゃんと分かってやらないとでしょ」
電話の向こうで果奈がどんな表情をしているのか分からないし、もしかしたら強がっているだけかもしれない。
それでも、果奈からの言葉に胸が温かくなる。
果奈に美生と幼馴染で、夕飯を共にしていることを話したのは、果奈と寄りを戻してすぐのことだった。
始めは驚いていたが、事情を話したら、すぐに理解してくれた。
心の中では納得の行ってないところもあると思うけど、表に出さずに接している。
そう思うと、果奈の人としての強さを感じさせられた。
「翔太が呼んでるから、ここで切るね」
「分かった。おやすみ」
「おやすみ」
少し急すぎるように感じたが、しょうがないと思い、電話が終わる。
すると、それを待っていたかのように、誰かが近づいてきた。
「電話の相手って果奈さん?」
突然聞こえた声に肩が跳ねる。
「結!?」
振り返ると結が立っており、にこにこと笑っていた。
「私も星が見たくなったので、来ちゃいました。そしたら、兄さんが電話していて、バレないように隠れて聞いていたら、相手が果奈さんって、すぐに分かりました」
「因みに、どこから聞いてた?」
「夏の大三角形のところから」
「マジか」
恥ずかしさが一気に押し寄せ、思わず頭を抱えてしまう。
その様子を傍目から見ている結は、楽しそうに見えた。
「本当に、仲睦ましいね」
「そう見える?」
「はい」
どこか羨ましそうに、結は夜空を見上げ、ぽつりと呟く。
「私も……お付き合いしたら、二人のような関係になりたいなって、思いました」
「ほんと、たまにいいこと言うよな」
「たまにじゃなくて、いつもでしょ」
「もしも、結が付き合ったら、相談に乗ってやるよ」
「結構です。その時は果奈さんや美生姉さんに相談するので」
厳しい発言に反して、結は笑っていた。
「たまにいいこと言うよなって、言った罰として、アイス奢りね」
「しゃーないな」
「やったー!」
その場を後にし、コンビニに寄ってアイスを買い、祖父母の家へと向かう。
見上げれば、相変わらず満天の星空が広がっていた。
手を伸ばしても届かないほど遠いのに。
大切な人たちとの距離は、少しずつ近づいている気がした。
その瞬間、林の方から強い風が吹き抜け、木々がざわめき、一瞬だけ背筋に妙な寒気が走った。
だが、すぐに虫の声がそれをかき消す。
気のせいだろう。
そう思い、祖父母の家へ向かった。




