10-10 大切な存在
「結!?」
駿はそれしか言えなかった。
◆◆◆
「妹ちゃん!?違うの、これはただ……」
果奈も言い返せない。
ついさっきまで流れていた甘い空気が吹き飛び、部屋の雰囲気が一瞬で気まずくなった。
「飲み物ここに置いておきますので、後は二人で楽しい時間を」
——ドンッ!
結は終始笑顔で、部屋を後にする。
その後、静寂の時が流れる。
けれど、胸の中は全く静かじゃなかった。
結の笑顔が頭から離れない。
笑っていた。
確かに笑っていた。
だけど。
どこか無理をしているようにも見えた。
「大丈夫なの?」
「大丈夫……なのかな?」
どう答えればいいのか分からず、質問を質問で返してしまう。
果奈は少し考え込むように視線を落とした後、静かに口を開く。
「あのさ……駿と妹ちゃんがよかったらでいいんだけど、もう一回、妹ちゃんを呼んでもらってもいい?」
果奈は一度言葉を区切った。
「ちゃんと、挨拶したいから」
逃げたり、気まずくなったから終わりにするんじゃなくて、ちゃんと向き合おうとしている。
そんな果奈を否定することなんて出来なかった。
「分かった。今、呼んでくるからちょっと待ってて」
「ありがとう」
そう言って微笑む果奈の表情は少し緊張しており、不安も伝わってくる。
居間へと向かうと、結はテレビを見ていた。
少なくとも表面上は普段と変わらない。
「結」
「何ですか、兄さん」
返ってきた声は、どこか素っ気ない。
「さっきはごめん……」
「はぁ~……」
結は大きなため息をし、呆れたように話し始める。
「何で、謝るんですか?そもそも、付き合ってるんだし、あのくらいは普通でしょ」
「え?」
考えもしなかった返答に驚きのあまり、声が出てしまった。
「だって、部屋を出る時、無理に笑ってるように見えたからさ」
その瞬間。
結がぴたりと動きを止めた。
「それは……」
少しだけ視線を逸らす。
数秒の沈黙の後、観念したように息を吐いた。
「だって、あの光景をいきなり見たら、それはそうなります!」
急に、声が大きくなる。
「ノックしても反応がなかったのに、勝手に入った私にも落ち度はあるけど」
「ドアノックしてた?」
「何回かしました」
全く分からなかった。
それだけ果奈と二人っきりの時間に夢中になっていたのだと知った。
「そ、そうなんだ……」
「はい、それで要件はなに?」
「果……じゃなくて、彼女が結に挨拶したいって」
「えっ?」
結の目が丸くなる。
「無理なら、無理で良いけど」
少し間が空いた後、結がぽつりと言う。
「……いいですよ」
「本当にいいの?」
「緊張はするけど……兄さんの彼女がどんな人なのか気になるし」
「分かった。それじゃあ、行こう」
結と共に、自室へと戻り、ドアを開ける。
「待たせてごめん。妹、連れてきた」
結が果奈の前に姿を現す。
「浅村結です……中学二年生です……バドミントン部に所属してます……誕生日は二月一日です……」
結の自己紹介はまるで、面接の自己紹介みたいに凄く固かった。
「早川果奈です。私もバドミントン部に所属してます。よろしくね、結ちゃん」
それに対して、笑顔で果奈は軽いながらも丁寧な自己紹介をする。
だけど、内心は緊張していたと思う。
「果奈さんもバドミントン部なんですよね?」
共通点を見つけた結は、少し身を乗り出すように尋ねた。
「ラケットはどこのメーカー使ってます?」
「私が普段から使ってるメーカーは……」
果奈がメーカー名を答える。
「私も同じです!」
結の表情が明るくなり、そこから二人の会話が少しずつ弾み始めた。
数分後。
「中学の時、県大会個人ベスト8まで行ったことあるんですか!?」
「あの時はたまたま。強い選手が棄権したのもあったし」
「県大会に出場するだけでも凄いです」
「そう?ありがとう」
最初のぎこちなさは、もうほとんど残っておらず、気づけば二人とも夢中になって話している。
互いの接点であるバドミントンの存在が大きかったようだ。
「それで、果奈さんは……」
「なに、結ちゃん……」
更に二人の会話が続き、まるで自分だけ取り残されたような状態になっていた。
「あの……すいません」
二人が同時にこちらを見る。
「ごめん、駿。結ちゃんとの話に夢中になっちゃって、つい」
「ごめんなさい。兄さんの彼女なのに、独占してしまい」
「絶対に思ってないだろ。結」
「少しは思ってます」
「本当は?」
「ちっとも思ってないです」
兄妹ならではのくだらないいざこざをやっていると、果奈が不意に笑い始める。
「二人のやりとり見てたら、面白くて笑っちゃった」
俺と同様に結も目を丸くする。
「そんなにですか?」
「うん、私も弟が居て、姉弟ではあるけど、歳が少し離れているせいで、こんなやりとりしたことないから、なんかいいなって思った」
どこか羨ましそうな笑顔だった。
「それに、二人って本当に仲いいんだね」
「果奈が言うほどではないって」
「そうです。兄さんとは普通よりもちょっと仲がいいだけです」
結と否定する様子を見て、果奈は更に微笑んだ。
しばらくして、結が居間から大きい本のようなものを持ってきた。
「兄さんや私の幼い頃の思い出が詰まったアルバムです。これだったら、三人で楽しめるでしょ」
「それはそうだけど、他にいいものは無かったのか?俺が恥ずかしいんだけど」
そう答える横で……
「凄く見たい!見てもいいでしょ?」
果奈が目を輝かせて言ってきたので、その勢いに押されて、流石に断れなかった。
「……そこまで見たいのなら、いいよ」
結が一ページ目を開く。
そこには、幼稚園などの集合写真が載っており、過去の俺の顔を知らないと、探し出すのに苦労するものだった。
「えっと……兄さんはどこに……」
「あっ!見つけた」
「えっ!?」
驚きのあまり、声が出てしまう。
結よりも早く、果奈が俺を見つけたからだ。
「なんで分かったの?」
「だって、この子、駿に似てるから」
胸が少しだけくすぐったくなる。
「そんなに似てる?」
「うん」
迷いのない返事だった。
「結は似てると思う?」
結は写真を凝視する。
「う~ん、言われてみればって感じです」
改めて写真を見てみる。
似ているところは部分的にあるが、初めて見た人にこれが俺だ!と判別出来ないと思った。
果奈が分かってくれたことは嬉しいが、同時に不思議にも感じた。
その後も三人でアルバムを眺め続けた。
果奈に恥ずかしい写真を見られる度、結は面白そうに笑う。
その度に居たたまれない気持ちになったが、不思議と嫌ではなかった。
果奈は大切な人で、結も大切な家族だ。
その二人が楽しそうに笑い合っている。
ただそれだけのことなのに、胸の奥がじんわりと温かくなった。
こういう時間が、これからも続けばいい。
そんなことを思いながら、二人の笑い声に耳を傾けていた。




