10-9 匂いと香り
この作品をここまで読んでいただきありがとうござます。
この回から始まり方や文章が前話と変わります。少し違和感に感じるかもしれませんが、ご了承いただけると、ありがたいです。順次、既に投稿された物語も変えていきますので、また伺っていただけると、嬉しいです。
三日後。
駿は、一生懸命に自室の掃除をしていた。
◆◆◆
机の上。
本棚の隙間。
ベッドの下。
細かい埃さえ見逃さない。
掃除機をかけ終えた後も、気になって床をもう一度拭いた。
「何そんなに張り切って掃除してるの?」
部屋の前を通りかかった結が、物珍しそうに聞いてくる。
「今日、彼女が来るから」
掃除に集中するあまり、無意識に答えた。
「へぇ~彼女ね」
結は興味なさそうにそう言って通り過ぎた。
数秒後。
「……彼女!?」
違和感に気づいたらしく、勢いよく戻ってきた。
「兄さん、いつから彼女いたの!?」
「いつからって、五月くらいから。結に言ってなかったっけ?」
「言ってません!」
結が更に詰め寄ってくる。
「なんでそんな大事なこと黙ってたの!?」
「そんな大事?」
「大事でしょ!」
即答だった。
俺に彼女が出来たことが結にとって、何で大事なことなのか意味が分からない。
「因みにその彼女さんは可愛いの?」
「当たり前だろ!」
「じゃあ、美生姉さんとどっちが可愛い?」
「それは……」
言葉が止まる。
即答できなかった。
ここで「果奈」と言うと、罪悪感に襲われる気がした。
でも、その罪悪感がどこから来るものかは分からない。
「まぁ、私がもしも同じ質問されたら、兄さんと同じように答えられないですけどね」
だったら、質問するなよとツッコミたくなる。
「彼女さんが一番可愛いと思うのは当然のこと。でも、美生姉さんは幼い頃から長い間過ごしてきている。迷わない方がおかしいです」
結のらしからぬ、的を射た発言に内心驚く。
「たまには、いいことも言うんだな」
「たまにはってなんですか!もしも、速攻で彼女って言ったら、二度と兄さんと口聞かなかったから」
そこまで言うのかと、思っている時だった。
――ピンポーン。
インターホンが鳴り、果奈が来たみたいだった。
「私は退散するので、兄さんは頑張ってくださいね」
そして、結は早足で居間へと戻っていった。
玄関を開けると、果奈の姿があった。
夏らしい明るい服装。
髪が揺れる。
それだけで、一瞬言葉が遅れる。
「暑いなか、来てくれてありがとう。道迷わなかった?」
「駿が教えてくれた目印が分かりやすかったから、大丈夫だったよ」
「なら、良かった。どうぞ、中入って」
「お邪魔します」
俺が果奈の家に入った時のように果奈も緊張しているのか?と、思いながらも家の中へと案内する。
「そういえば、手に持ってるのってケーキ?」
「うん。駿の妹とお父さんのケーキもあるよ」
「ありがとう。冷蔵庫にしまってくるね」
ケーキを冷蔵庫にしまい、自室へと案内し、
果奈を部屋に迎え入れる。
いつも当たり前のように引いているドアノブが重い。
毎日見ている部屋なのに、今日だけ、違う場所みたいに感じた。
ドアを開ける。
「ここが、俺の部屋」
果奈が静かに見回す。
「ちゃんと物が整理されていて、清潔感ある部屋だね」
来る前に大掃除した甲斐があったと、心の中で喜ぶ。
「そう言ってくれると嬉しい」
自然と、肩の力が抜けて腰をかけるが、果奈は立ったままだった。
「適当なところに座っていいんだよ」
「あっ、うん。分かった」
果奈がよそよそしく座るが、少し距離があるように見えた。
微妙だけれど、確かに。
「もしかして、緊張してる?」
言ってからすぐに後悔する。
だったら聞くなよとも、同時に思った。
「当たり前でしょ。逆に緊張しない方がおかしい……」
果奈は頬を赤くして、顔を逸らした。
「だって、ここで駿が生活してるって考えるだけで胸が騒めくし、それに――」
これだけでも十分だったのに、トドメを刺すような一言を続ける。
「駿の匂いを……いつもより感じるの」
「俺ってそんなに匂ってる?」
果奈の前では汗や匂いには気をつけていたつもりだったから、少しショックを受けた。
「そういう匂いじゃないの……」
果奈の言葉に疑問が浮かぶ。
「安心する匂い……駿が近くに居るって分かる匂いだから……」
ありがとう、嬉しい、って返すのは違う気がする。
だけど、なんて返せばいいのか分からない。
ただ、胸が熱くなるような感覚だけが襲ってきた。
「そ、そうなんだ……」
「ねぇ……もっと近くに寄っていい?」
「う、うん」
果奈が寄り、肩と触れ合う。
一瞬で、体温が全部そこに集まった気がする。
同時に、心臓の鼓動が速くなり、その音しか聞こえなくなる。
頭の中を埋め尽くしていたのは、近すぎる果奈との距離と、ふわりと香るシャンプーの匂いだった。
「安心する?」
「……うん」
今にも途切れそうな声で果奈が頷く。
だけど、しっかり聞こえた。
「ちょっと、このままでもいい?」
「良いよ」
外から響く蝉の声。
カーテンの揺れる音。
隣に果奈の体温。
それだけで、胸がいっぱいになる。
このまま時間が止まればいいのに。
そんなことを思った次の瞬間だった。
――ガチャ。
ドアノブが回る音。
恐る恐るその方を見てみると、そこには結の姿があった。




