10-8 もしも……
少し前。
美生は浴衣姿で、鈴木君との待ち合わせ場所へと向かっていた。
今日は花火大会。
誘ったのは鈴木君。
そして――付き合ってから初めての、二人きりのお出かけだった。
待ち合わせ場所に着く。
少し早く着いたつもりだった。
けれど、そこにはすでに鈴木君の姿があった。
「ごめんね、鈴木君。待たせちゃった?」
「いや、全然……」
鈴木君が振り返る。
だが、目が合った瞬間、ふいっと視線を逸らした。
「鈴木君?」
思わず首を傾げてしまう。
鈴木君は、少しだけ慌てたように口を開いた。
「顔を背けてしまってごめん……」
「え?」
少し間が空く。
それから、意を決したように話し出す。
「島内さんの浴衣姿が……凄く可愛くて」
「……っ」
胸が跳ねる。
「そ、そう?ありがとう」
なんとか笑顔で返す。
可愛い。
その言葉自体は、結ちゃんや同性の友達からは言われたことがある。
でも。
異性から、こんなふうに言われたのは初めてだった。
それが幼馴染の駿君でも。
二人で河川敷へ向かう。
多くの人で賑わっており、はるか先の河川敷にも人が密集しているのが確認出来るほどだった。
きっと、駿君と果奈ちゃんも何処かで花火を見てるんだろうなと思いながら、座れるところを見つけ、そこで花火を見ることにする。
「座れてよかったね」
「ほんとに」
鈴木君がほっとしたように笑う。
「島内さんって、この花火大会毎年来てる?」
「うん」
頷く。
「毎年、駿君と結ちゃんと一緒に見てたよ」
「そうなんだ……」
鈴木君の表情が少し曇る。
「なんか、申し訳ないな」
「なんで?」
「多分、結ちゃんは島内さんと今日の花火大会見たかったと思うのに、俺が島内さんを誘ったからさ」
「結ちゃん、本当は島内さんと今日も見たかったんじゃないかなって」
「でも俺が誘っちゃったから」
一瞬、言葉を失う。
そんなことまで考えてくれていたんだ。
「大丈夫だよ」
自然と言葉が出る。
「駿君と結ちゃんとは今度開催するお祭りに一緒に行くことになってるから大丈夫」
そして。
「……私も、鈴木君との花火大会、楽しみにしてたから」
言ってから、少しだけ照れた。
「島内さん……」
「それにしても、鈴木君って本当に優しいね」
「えっ!?」
鈴木君の声が裏返る。
「そ、そんなことないって」
「それに、駿の家庭事情もあるし……」
その言葉に自然と笑みが溢れてしまう。
「ううん」
小さく首を振る。
「私は、そう思うよ」
鈴木君は、少し照れたように視線を逸らした。
そんなやり取りが、心地よかった。
誰かと付き合うって。
きっとこういうことなのかもしれない。
一緒にいて。
話して。
知らなかった一面を知って。
少しずつ距離が近づいていく。
「私は鈴木君の、新しい一面が知れて嬉しい」
本当に心から思ったことだった。
「……島内さんの方が優しいよ」
「私なんて、そんな……」
その時だった。
――ヒュルルル……
花火が上がる音が響く。
そして。
――パンッ。
夜空に、大輪の花が咲いた。
赤。
青。
金色。
夜空を彩る光が、水面にも映って揺れていた。
「毎年見てるけど、やっぱり綺麗だね」
「そうだね」
少し沈黙が落ちる。
「でも――」
その言葉の後。
「島内さんも……花火に負けないくらい綺麗……です」
一瞬、呼吸が止まった。
「ごめん、今の言葉忘れて」
鈴木君が慌てる。
そう言われても、既に言葉が耳に入ってしまい、なんて返せば良いのか分からなく戸惑う。
もう遅い。
しっかり耳に残ってしまっていた。
「鈴木君、それは褒めすぎだよ……」
頬が熱いし、視線を合わせられない。
でも、その熱は夏の暑さとは違うものだと、すぐに分かった。
花火は次々と打ち上がる。
そのたびに夜空が明るくなって。
そのたびに歓声が上がる。
その隣で、鈴木君がいる。
ただ、それだけなのに。
不思議なくらい楽しかった。
そんなことを思っていた時だった。
――ドンッ。
花火とは違う空気を震わせる音が響いた。
その直後、さっきまで続々と打ち上げられていた花火が急に止まった。
「雷っぽい音だったから、そのまま中止にならなければ良いんだけど」
「そうだね」
鈴木君の嫌な予感は的中し、花火大会は中止となった。
別れ際。
「鈴木君、今日は楽しかった。本当にありがとう」
「こちらこそ、誘いを受けてくれてありがとう」
「でも、花火大会が途中で中止になったのは残念だったね」
「確かに、花火大会を最後まで見れなかったのは残念だった」
「だけど、島内さんと一緒に見れたことだけでも、俺は満足だから」
今日一番の笑顔だった。
「私も同じだよ」
この短時間で確実に関係が深まってる。
それだけは確かだった。
一人になって、帰り道を歩く。
空には厚い雲が広がり始めていた。
歩きながら、今日のことを思い返す。
浴衣。
花火。
夜風。
そして。
鈴木君と過ごした時間。
異性と付き合うということ。
その特別さが、少し分かった気がした。
でも。
ふと、一つの考えが浮かぶ。
――これが、もし駿君とだったら。
「……っ」
思い浮かべた瞬間、首を小さく振り、頭から忘れさせようとする。
――ゴロゴロ……
空の奥で雷が鳴る。
その音に急かされるように、歩く速度を少しだけ速めた。
そしてその夜。
本格的な雷雨となり、花火大会があったとは思えないほど、空は激しく崩れた。




