10-7 ラムネ瓶のビー玉
三日後の水曜日。
睦美は、浅村と共にしおり作りの作業を進めていた。
浅村。
一年の頃は、“話しやすい男子”くらいにしか思っていなかった。
でも。
しおり作業や前回の寄り道のこともあり、それとはまた違う存在として意識してしまう。
噂で、浅村が同じクラスの早川さんと付き合っている話を時々耳にする。
ただの噂話なのに、頭から離れない。
だけど、噂は所詮、噂。
学校の噂の大抵が誰かのでっち上げ。
だから私は、自分で確かめない限りは信用しない。
そう、心の中で決めていた。
「岸さん?」
「……っ!?どうした浅村、質問でもあるのか?」
不意に名前を呼ばれ、肩が揺れる。
「ずっと、ぼうっとしていたから、何かあったのかと思って」
「な、なんでもない」
慌てて誤魔化す。
「ところで、しおりに載せる観光地の写真って、どれがいいと思う?」
用意されたパンフレットの写真を見せる。
「どれも良いと思うけど……岸さんが選んだやつなら間違いないと思う」
「……そう」
私がこういう作業が得意だから、私に任せれば不安がないという気持ちは分かる。
でも。
少しくらい、一緒に悩んで欲しいとも思った。
そんなことを考えながらも、作業は順調に進んでいった。
実行委員全体の集まりが終わる頃には、外は薄暗くなっていた。
(今日も、一緒に帰りたいな……)
そう思っていたところで、浅村の方から声をかけてくる。
「岸さん、この後ちょっと話せる?」
「……うん」
自然な流れで、二人並んで学校を出た。
話しながら歩いていると、いつもよりも人の交通量が多いので、疑問に思い始める。
「今日、いつもよりも人多いけど、何があるか分かる?」
「確か、花火大会があったような」
浅村が思い出したように言った。
「こんな平日に?」
「夏休みだしね」
「まぁ、そっか……」
しばらく足を進めると、少し先に屋台の灯りが見えてくる。
たこ焼き。
焼きそば。
りんご飴。
賑やかな声と、祭り独特の匂い。
最後に行った祭りは小学生の時だった。
そのせいか分からないけど、屋台の灯りに惹かれてしまう。
そして――
「……少し、見ていかない?」
言った瞬間、自分でも驚いた。
久しぶりに祭りを見たい気持ちもある。
だけど。
それ以上に浅村と一緒に過ごしたいという気持ちが勝っていた。
「いいよ」
あっさり返ってきた言葉に、なぜかほっとする。
そして、屋台の並ぶ道へ足を踏み入れた。
規模はそこまで大きくない。
それでも、祭りの空気は十分だった。
「この雰囲気、なんか懐かしい」
「そう?」
「最近、祭りに行く機会がなかったからだと思う」
「そうなんだ。岸さん、ちょっとここで待っててもらえる?」
「うん」
そう言って、浅村は屋台の方へ走っていった。
数分後。
「お待たせ」
戻ってきた浅村の手には、ラムネ瓶が二本あった。
「一本、岸さんに」
「ありがとう」
瓶を受け取る。
ひんやり冷たい感触。
ガラス越しに見えるビー玉。
「ラムネね、何年ぶりだろ」
「気に入ってくれたなら良かった」
浅村が優しく笑う。
その笑顔が、屋台の灯りより眩しく見えて、思わず目を逸らしてしまう。
その時、会場アナウンスが流れる。
「まもなく花火大会を開始します」
周囲の人たちが、一斉に河川敷の方へ動き始める。
「浅村……」
気づいた時には、言葉が先行していた。
「私たちも……花火見ない?」
言った瞬間、胸が跳ねた。
(何を言ってるんだ私、こんなのまるで……)
発言に後悔する。
だが、浅村は――
「せっかくだし、見ていこうか」
あっさりと受け入れてくれて、動揺が走るが、それ以上に嬉しかった。
河川敷へ移動する。
大勢の人が居たが、二人で座れる場所を見つけて、そこで花火を見ることにする。
数分後。
夜空へ、一筋の光が打ち上がる。
そして――
――ドンッ。
赤い花火が、夜空いっぱいに広がった。
その光景につい見惚れてしまう。
「……綺麗」
「そうだね」
次々に打ち上がる花火。
小さい花火が連発するものもあれば、星型のものなど、種類が豊富だった。
すると。
――ポンッ!
突然、隣から間抜けな音がした。
振り向くと、浅村がラムネを開けており、溢れた中身が手まで達していた。
「手がびしょびしょ。ラムネ開ける時って絶対にこうなるんだよな~」
「浅村の開け方が悪いんじゃないの?じゃあ、私も」
ビー玉を押し込む。
――ポンッ!
「嘘っ!?」
開いた途端、中身が吹き出し、浅村と同じく、手がびしょびしょになる。
「……岸さんもじゃん」
「今のはたまたま。次にやった時は絶対にこうはならないんだから」
思わずムキになって反論するが、そこに怒りはなかった。
不思議だった。
ただラムネを上手く開けられなかっただけなのに。
それだけで、こんなに楽しい。
しばらく花火を見ていると、ラムネ瓶の中のビー玉に花火が反射していることに気づく。
ぼんやりとした光。
揺らすと、ビー玉は同じ場所を行ったり来たりするだけ。
それなのに、何故か目が離せなくなったのはなんでなのだろう。
その瞬間。
――ドンッ!!
空気を震わせるような音が響く。
明らかに花火とは違う音だった。
その音が鳴った後、花火が打ち上がらなくなる。
しばらくすると、アナウンスが流れる。
「雷の影響により、本日の花火大会は中止となりました。大変申し訳ございませんが、安全のためご了承ください」
「……終わっちゃったね」
気づけば、そんな言葉が口から漏れていた。
「最後まで見たかったけど、安全上しょうがないか」
「私たちも雨が降る前に早く帰りましょ」
周りの歓声が騒めきへと変わるなか、花火会場を後にした。
その後、途中で浅村と別れ、一人で帰り道を歩く。
花火を最後まで見られなかったのは残念だった。
でも。
浅村と一緒にラムネを飲みながら花火を見たひとときは夏休みの思い出として強く刻まれた。
「……楽しかったな」
ぽつりと漏れた声。
その瞬間、自分でも驚くくらい胸が落ち着かなくなる。
――ドンッ!!
余韻を壊すように、再び雷が鳴り、少しだけ早足になりながら、家路を急いだ。




