10-2 友達として
次の日。
今日から夏休み。
それなのに。
駿はいつも通り、学校へ向かっていた。
夏休みらしいことをしたい気持ちはある。
けれど、実行委員の仕事がある以上、そうもいかない。
どこか割り切れないまま、教室の扉を開けた。
中には、すでに人がいた。
「岸さん、おはよう」
「おはよう、浅村」
振り向いた岸さんは、いつも通り落ち着いた表情をしている。
「夏休み初日で気が乗らないかもしれないけど、しおり作り、頑張りましょ」
「は〜い」
思わず、気の抜けた返事になる。
「……やる気ないわね」
「いや、ないわけじゃないけどさ」
苦笑いを浮かべる。
「岸さんは?なんでそんなにやる気あるの」
「別にやる気があるわけじゃない」
少しだけ首を傾げる。
「ただ、こういう作業は嫌いじゃないし、どうせやるなら、ちゃんといいものにしたいだけ」
淡々とした言葉。
でも、その奥にある真面目さは、はっきりと伝わってくる。
「そうなんだ」
少しだけ背筋が伸びる。
「じゃあ、俺もちゃんとやるよ」
「浅村には関係ないでしょ」
「そんなことないって」
自然と言葉が続く。
「ペアが足手纏いになってちゃ、岸さんが目指す理想のしおりなんて作れるわけないしさ。それに――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「頑張ってる人の力になりたいから」
言ってから、少しだけ照れくさくなる。
でも。
果奈も、美生も。
みんな、それぞれ頑張っているのを知っているからこそ、出てきた言葉だった。
「……そう」
岸さんは少しだけ顔を逸らした。
「ありがと」
小さな声だった。
「と、とにかく始めるよ」
「うん」
どこかぎこちない空気のまま、作業が始まる。
しおり作りは順調に進んでいった。
けれど。
「この部分、どっちがいいと思う?」
「……岸さんがいいと思う方で」
「……分かった」
本当は、そう答えたくない。
でも、理想のしおりを作るには、自分の意見よりも岸さんの意見の方が適してる筈。
結果、逃げるように任せてしまう。
(情けないな……)
新しい種類の葛藤が、胸の中に残った。
十時を過ぎると、全体での作業に移る。
それが終わる頃には、もう昼を回っていた。
部活も今日はない。
やることは、もう残っていなかった。
「じゃあ、帰るか……」
そう思った時。
「浅村」
呼び止められる。
振り返ると、岸さんが立っていた。
「今日、一緒に帰らない?」
少しだけ、間があった。
前にも、同じことを言われたことがある。
あの時は、果奈と帰るのが当たり前になっていて、断った。
でも、今は。
断る理由が、思い浮かばなかった。
「……うん、いいよ」
「ありがと」
ほっとしたように、岸さんが笑う。
二人で校門を出る。
並んで歩く。
岸さんが積極的に話しかけてくる。
でも、会話を続けることが出来ない。
作業中とは違う。
距離の取り方が、分からない。
(……なんでだ)
果奈や美生といる時とは、明らかに違う感覚だった。
「浅村」
「っ!?」
急に名前を呼ばれて、体が反応する。
「さっきから浮かない表情しているけど、もしかして、私と一緒に帰るの嫌だった?」
少しだけ、不安そうな声。
「違う!」
反射的に否定する。
「そうじゃなくて……その……」
言葉が詰まる。
うまく説明できない。
「……そっか」
岸さんは小さく頷いた。
「じゃあさ、少し寄り道してもいい?」
「う、うん」
しばらく歩いて、商店街のアーケードへ入る。
どこか古びた空気。
八百屋や魚屋が並ぶ、昔ながらの風景。
その一角。
細い路地を曲がった先に、小さな駄菓子屋があった。
「こんなところにあったんだ……初めて知った」
「アーケードの脇にある小さな路地にあるから分かりにくいかもね」
店に入ると、奥から店主のおばちゃんが顔を出す。
「睦美ちゃん、今日も来てくれてありがとね」
「一週間ぶりだけどね」
「隣の子は彼氏さん?」
その一言で、空気が止まる。
近くで聞いていて、心の中で動揺してしまうが、それ以上に動揺していたのは岸さんだった。
「ち、違うから!」
「ただの……友達!男友達!」
ここまでテンパる岸さんは初めて見たし、頬を赤くしていた。
まるで、付き合ったばかりの果奈みたいに。
「はいはい」
おばちゃんは楽しそうに笑った。
「それよりもおばちゃん、当たり付きの棒アイス二本貰うね」
「はいよ」
会計を済ませると、一本を差し出される。
「いいの?」
「そのために買ったんだから」
どこかぎこちない言い方だった。
受け取って、一口かじる。
冷たさと、優しいミルクの甘さが広がる。
「……うまい」
「そうでしょ」
少しだけ、空気が柔らぐ。
食べ終えて、棒を見る。
「俺はハズレだったけど、岸さんは?」
「私もハズレ」
だけど。
岸さんの表情は当たりを引いたかのように、笑顔になっていた。
店を出て、また歩き出す。
「近くにこんな駄菓子屋があるなんて知らなかった。教えてくれてありがとう」
「浅村が喜んでくれたのなら何より」
「ちょっと意外だった」
「何が?」
「岸さん、優等生のイメージが強かったから、帰りに寄り道していてちょっと驚いた」
少しむっとした顔になる。
「私だって、オフくらいはあるわよ」
「ごめん、ごめん」
思わず笑う。
気づけば。
さっきまでのぎこちなさは、消えていた。
大きな交差点に出る。
「私、家が左の道を行ったところにあるから、ここでお別れね」
「分かった。今日はありがとう」
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう」
「最後に一つ、LINE交換していい?」
「二人で動くことも多いから、LINEで繋がってないと不便だと思うし」
「いいよ」
スマホを取り出す。
交換が終わる。
ところが、それで終わりじゃなかった。
「あと……」
少しだけ間を置いて。
「また今日みたいに、活動が終わった後、二人で遊ばない?」
ほんの少しだけ、声が小さかった。
一瞬、迷う。
でも。
岸さんは"友達"として一緒に居て楽しい。
だから、自然と言葉が出てくる。
「……うん、いいよ」
その瞬間。
岸さんの表情が、ぱっと明るくなる。
「ありがとう」
「それじゃあ、また来週」
「また来週」
岸さんは、家の方へ歩いていく。
その背中を、少しだけ見送った。
一人になって、空を見上げる。
さっきまで、すごく晴れていたのに。
いつの間にか、空は雲に覆われていた。




