10-1 最高の始まり
次の週の火曜日。
今日は終業式で、明日から長い夏休みが始まる。
そんな日なのに。
果奈の気分は、少しだけ沈んでいた。
「はぁ……」
授業中、不意にため息が漏れる。
楽しみにしていた。
放課後、駿と遊ぶ約束。
それが、駿の実行委員の集まりでなくなった。
仕方ないことだと、頭では分かっている。
それでも。
楽しみにしていた分だけ、心がついてこなかった。
そのまま、放課後を迎える。
一人で帰ろうとしたところで、クラスメイトに声をかけられた。
「果奈、放課後空いてる?」
「……一応、空いてる」
言ってから気づく。
放課後の予定が無くなったのに、"一応"と言ってしまったのは何故だろう。
「じゃあ、遊ばない?」
一瞬だけ迷う。
でも、このまま帰っても、きっと気分は晴れない。
「うん、いいよ」
そうして、友達と過ごすことになった。
おしゃれな雑貨店に寄ったり、気になっていたお店をのぞいたり。
駿と一緒にいる時には、あまり行かない場所ばかりだった。
共に過ごせなかったのは悲しい。
でも、こうやって友達と過ごす時間はまた別の楽しさがあって、この時間も大切にしていきたいとそう心に思った。
近くの可愛らしいカフェに入り、席に着く。
他愛もない話から、自然と会話は盛り上がっていく。
そして。
「そういえば、浅村君とはどうなの?」
「しゅ……浅村君とは、仲良くやってるよ」
危うく名前で呼びそうになって、慌てて言い直す。
「今の、完全に“駿”って言いかけたよね」
「別に隠さなくてもいいのに」
「うんうん、二人は付き合っているんだから、寧ろ、そっちの方がしっくりくる」
二人に笑われて、顔が少し熱くなる。
「それで、最近の二人の思い出とかないの?」
「私も気になる」
少し照れながら、言葉を探す。
「最近は……お弁当作ったり、海の日にデートしたり」
「理想的なカップル過ぎて、凄く羨ましい」
「私も彼氏が出来たら、こんなカップルになりたい」
「もう、やめてよ……」
そう言いながらも、胸の奥が少しだけくすぐったい。
「だけど、一番の思い出は誕生日プレゼントを貰ったことかな」
「今、頭に付けてるヘアピンなんだけど」
駿から誕生日プレゼントに貰ったヘアピンを見せる。
「駿が私に似合うからって、プレゼントしてくれたの……」
二人はすぐに声を上げる。
「似合ってる。色も果奈にぴったりな色でセンスある」
「うんうん、浅村君、ナイスチョイス」
「ありがとう……」
美生に駿の話をした時もそうだった。
周りの人が駿を褒めてくれると、自分のことのように嬉しくて、少しだけ誇らしくなる。
「他にどんな思い出があったのか聞かせてよ」
「私も聞きたい」
「話すと、長くなるよ」
そこから最後まで、駿との関係の話になった。
気づけば、さっきまでの落ち込みは、どこかへ消えていた。
家に帰り、夕飯とお風呂を済ませる。
部屋で一息ついたところで、スマホが鳴った。
画面には、駿の名前。
「もしもし?」
「突然電話してごめん。大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。それよりどうしたの?」
「本当は今日、一緒に遊ぶ約束してたのに、急に行けなくなったでしょ」
少し申し訳なさそうな声。
「だから、少しでも話したいなって思って」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
「そのことは気にしなくても良いよ」
「駿たち実行委員は修学旅行を最高なものにする為に、頑張っているんだからさ」
次の瞬間、自然と本音が出た。
「私も駿と話したかった」
一瞬。
電話の向こうが静かになる。
「……どうしたの、駿?」
「いや、なんでもない」
少しだけ笑う気配。
「そう言ってもらえて、嬉しい」
そのあとは、いつも通りの会話だった。
他愛もない話で笑って、時間がゆっくり過ぎていく。
気づけば、夜も遅くなっていた。
「そろそろ切るね。このあと直己とも電話する約束してて」
「分かった」
「最後に一つだけいい?」
「うん」
「明日からの夏休み、二人の思い出に残る最高の夏休みにしよう」
少しだけ真剣な声。
「……うん」
自然と笑みがこぼれる。
「特別で、忘れられない夏休みにしようね」
「もちろん」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
通話が切れる。
部屋に静けさが戻る。
電気を消して、ベッドに横になる。
目を閉じても。
さっきの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
どこに行こうか。
何をしようか。
考えるだけで、少し楽しくて。
なかなか眠れなかった。
気づけば。
胸の奥が、ほんの少しだけ弾んでいる。
――夏休みが、始まる。




