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9-9 少し遠くなった身近な存在

 その日の夜。



 駿は結と美生の三人で、いつものように夕飯の席についていた。


 今日のメニューは野菜炒めだった。


 湯気の立つ皿から一口運ぶ。


 最初は、いつも通りの味だと思った。


 けれど、噛むほどに違和感が広がる。



(……しょっぱい?)


 果奈が最初に作ってきた弁当ほどではない。


 それでも、明らかだった。



「どうしたの、駿君。顔しかめてるけど」


 美生に言われて、無意識に表情へ出ていたことに気づく。


「いや……大したことじゃないんだけど、今日の野菜炒め、ちょっとしょっぱい気がして」


「兄さん、冗談は程々にしてください」


 すぐに結が口を挟む。


「美生姉さんがそんなミスするわけないでしょ」


 そう言いながら、皿へ盛って口に運ぶ。


 次の瞬間。


「……ほら、私の言った通り、全然……しょっぱく……ないですから」


 語尾だけ、妙に弱かった。


「私も食べてみるね」


 二人の反応を見て、不安になったのか、美生も箸を伸ばす。


 一口食べて、ぴたりと動きが止まった。


「……うん。確かに、しょっぱい」


 少し困ったように笑う。


「このくらいなら全然食べられるし、気にしなくて大丈夫だよ」


「そうです。たまにこんな日があっても仕方ないです」


 さっきと真逆のことを言い出した結に、ツッコミたくなる。


 その後は、何事も無かったかのように、夕飯を食べ進めた。



 夕飯を食べ終えると、美生は帰る支度を始めていた。


「美生」


「どうしたの、駿君?」


「ちょっと夜風に当たりたいから、家まで一緒に歩いていい?」


 夜風に当たりたいのは本当だった。


 でも、それ以上に。


 らしくない失敗をした美生のことが気になっていた。


「いいよ」


「ありがとう」


 二人で外へ出る。


 昼間の熱気がまだ少しだけ残っていた。



 並んで歩きながら、たわいない話を交わす。


 けれど、肝心なところには触れられない。


 何を話しても、美生はいつも通りに笑ってしまう。



 だから、少し迷ってから口を開いた。


「そういえば最近、直己が――」


「……っ!?」


 名前を出した瞬間、美生の肩がびくりと揺れた。


 足まで止まりかける。


「……鈴木君が、どうかしたの」


 その声で、何となく察した。


「直己との間に、何かあった?」



 しばらく沈黙が落ちる。



「……うん」


 小さく頷いたあと、美生は前を向いたまま言った。


「また、あの公園に行っていい?」


「うん」


 昔、よく遊んだ公園へ向かう。



 誰もいない夜の遊具が、街灯にぼんやり照らされていた。


 ブランコに二人で座る。


 鎖の軋む音だけが、静かな夜に響く。



「実は……今日の放課後、鈴木君に告白されたの」


 その言葉に、胸の奥が強く揺れた。


 直己は夏休み前に告白すると言っていた。


 聞いていたはずなのに。


 どうせまだ先だと、勝手に思っていた。


「……そうなんだ」


 やっとそれだけ言う。


「返事は?」


「私こそ、よろしくお願いしますって」



 一瞬、言葉を失った。


 おめでとう、と言いたい気持ちはあった。


 親友の恋が実ったのだから。


 それと同時に、直己に落ち込んで欲しくないという美生の善意で告白を受けたのだと、考えてしまう自分もいた。



 美生は、その様子に気づかないまま続けた。


「でも私、この決断に後悔はないの」


 ブランコが、きい、と小さく揺れる。


「最初は不安だった。付き合うって、よく分からなかったし」


 少し照れくさそうに笑って、それから真面目な顔になる。


「でも、鈴木君がね」


 そこで一度、息をついた。


「“初めての者同士、互いに支え合って、理想の関係になればいいなって思う”って言ってくれたの」


 思わず笑った。


「直己らしいな」


「うん」


 美生も笑う。


「その言葉を聞いたら、不思議なくらい怖くなくなった」


 その表情を見て、胸のつかえが少し取れた気がした。


「美生がそう思えてるなら、よかった」

「にしても、これでお互い彼氏彼女持ちか〜」


「ほんとにね」


 美生が少しだけ悪戯っぽく笑う。


「もしかしたら、駿君と果奈ちゃんより、いい関係になったりして」


「それは困るな」


 笑い返す。


「負けないように、俺も果奈との関係を深めないと」


 美生を家まで送り、帰り道を一人で歩く。


 夜道は静かだった。


 嬉しいはずだった。


 親友と幼馴染。


 大切な二人が幸せになるのだから。



 それなのに、胸の奥には小さな違和感が残っている。



 美生に彼氏ができた。


 

 たったそれだけのことが、どうしてこんなにも落ち着かないのか。


 考えても、答えは出なかった。



 その時。


 正面から強い風が吹きつける。


 思わず腕で顔をかばう。


 風が過ぎ去ったあとも、胸のざわつきだけは消えなかった。


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