9-8 告白と決断と……
二日後の朝。
美生は、いつも通り学校へ向かっていた。
七月の終わり。
雲の切れ間から差し込む光が、やけに強い。
そのとき、スマホが震えた。
画面を見る。
鈴木君からのLINEだった。
『島内さん』
『話したいことがあるので、放課後、少し時間いいですか』
少しだけ、違和感。
いつもより、言葉が堅苦しく感じた。
『良いけど』
『部活があるから、手短にお願い出来る?』
『ありがとう』
『その話って、LINEで言えないこと?』
既読はすぐについた。
でも、返信は少し遅れて届く。
『大事なことだから、直接言いたい』
鈴木君が目の前にいないのに、真剣なのは伝わってくる。
『分かった』
『どこに行けばいい?』
『西階段の屋上入口で』
『そこに向かえば良いんだね』
『うん』
『了解』
やり取りが終わる。
スマホを閉じても、その一文だけが残る。
――大事なこと。
胸の奥に、小さなざわつきが生まれた。
放課後。
約束通り、西階段の屋上入口へ向かう。
人の少ない場所。
少しだけ、空気が違う。
そこに、鈴木君はもう来ていた。
「ごめんね、待たせた?」
「ううん、大丈夫。呼び出したの俺だし……」
笑っているけど、どこかぎこちない。
目が合う。
すぐに逸らされた。
「話したいことってなに?」
問いかける。
でも、すぐに返事は来なかった。
沈黙。
廊下を通る生徒の声と足音だけが、やけに大きく聞こえる。
「鈴木君?」
名前を呼ぶ。
その瞬間。
「島内さん!」
「はい!?」
突然の大きな声に、思わず肩が跳ねた。
鈴木君は、まっすぐこっちを見ていた。
「俺と、付き合ってください」
――告白。
頭の中で、言葉が少し遅れて意味を持つ。
初めてだった。
こんな風に、誰かに想いを向けられるのは。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
でも、それが何なのかは、まだ分からない。
嫌じゃない。
むしろ――
でも。
言葉が出てこない。
時間だけが、少しずつ過ぎていく。
ずっと、見られている。
逃げ場はないのに、不思議と嫌ではなかった。
このままじゃダメだと思って、息を整える。
「……鈴木君」
「はい!」
「告白、ありがとう」
一度、目を閉じる。
考える。
人としては、好きだと思う。
優しいし、一緒にいて楽しい。
でも、それ以上かと言われたら――
分からない。
だけど。
鈴木君となら、共に歩めると思った。
それだけではない。
付き合うことで、"異性を好きになること"の意味を知れる気がした。
なにより、駿君と果奈ちゃんのような幸せな関係に憧れていたのも強かった。
「……うん」
気づけば、言葉が出ていた。
「よろしく、お願いします」
一瞬、空気が止まる。
「……え?」
鈴木君が、信じられないみたいな顔をする。
「ほ、本当にいいの?」
「……うん」
小さく頷く。
嬉しいのか、不安なのか、自分でも分からない感情が襲う。
――付き合う。
その言葉の重さが、あとからじわじわと広がってくる。
「……島内さんって、付き合うの初めて?」
「初めて」
「俺も初めてでさ」
鈴木君が、少し早口になる。
「正直、どうすればいいか分かんなくて、ヘマするかもしれない」
一度、息を吸う。
「だから、初めての者同士、互いに支え合って、理想の関係になれば良いなって思う!」
真っ直ぐな言葉だった。
さっきまで胸の奥にあった不安が、少しだけほどける。
「うん」
「改めて、よろしくね。鈴木君」
「何卒、よろしくお願いします」
妙にかしこまった返事に、思わず笑ってしまう。
「そんなに固くならなくていいのに」
張りつめていた空気が、少しだけやわらぐ。
「私、部活行くから、また今度ね」
「分かった。部活、頑張って」
その言葉が、少しだけ違って聞こえた。
さっきまでと同じはずなのに。
少しだけ、特別に感じる。
それが何なのかは、まだ分からないまま。
歩き出す。
――これが、始まりなんだと思った。
でも。
その始まりが、どんな形に変わっていくのか。
"異性を好きになること"が幸せ以外の気持ちを連れてくるのかなんて。
この時は、全く想像していなかった。




