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9-6 一瞬の期待と今ある幸せ

 デートの余韻がまだ残る次の日。


 教室に入った瞬間、いつもと違う空気に駿は気づいた。


 ざわつきが、妙に大きい。


 席に着くと、周りでも同じ話題が飛び交っている。


「席替えだってよ」


 席の近くに来た直己がそう言った。


 それでようやく理解する。


 なるほど、それは騒がしくもなるのも無理はない。


 

 ホームルームが始まると、担任の田中先生が前に立った。


 手には小さな紙の入った袋。


「予定通り、席替えを行う」


 教室の空気が一気に跳ねる。


「あくまで、生徒同士の交流を図る為のものであることは忘れないように」

 

 言い終わる前から、ざわめきは収まらない。


 

 壁に座席表が貼り出される。


 

 正直、どこでもいい。


 ……とは思う。


 

 でも、できれば。


 

(果奈の近くがいい。あわよくば、隣に)


 

 そんなことを考えている自分に、苦笑する。


 

 くじ引きが始まる。


 最初に、身長が低いなどの理由で前の席がいいという人。


 次に、女子、男子と順番に進んでいく。


 

 果奈の番。


 

 たまたま視線が合う。


 

 小さく頷かれる。


 

 反射的に、こちらも頷いていた。


 

 それだけで、少しだけ安心してしまう。


 

 まだ何も決まっていないのに。


 

 そんなことを考えているうちに、男子の番になる。


「前の方の席で最悪」

「よっしゃー、1番後ろ」


 男子のくじ引きになると、女子の時とは違い、番号を見た時のリアクションはまるでそれに命でもかけているのかと思ってしまう程、大袈裟で見ていて面白い。



 やがて自分の番が回ってきた。


 

(果奈の近くの席でありますように)


 

 願をかけて、くじを引く。


 番号を確認する。


 

 教室のど真ん中。



 全員がくじを引き終わって迎えた移動の時、田中先生の合図と共に、みんなが動きだす。


 大した移動距離では無かったので、すぐに移動し終え、果奈の姿を探す。


 

 視界に入った。


 

 こっちに向かってきている。


 

(来い)


 

 一瞬、期待が膨らむ。


 

 でも。


 

「ごめんね、駿。もっと窓側なの」


 

 そのまま、通り過ぎていく。



 ほんの一瞬。


 目が合って、すぐに逸らされた。


 

「……そうだよな」


 

 小さく息を吐く。


 

 分かっている。


 確率的に、近くなる方が低い。


 

 でも。


 

 期待していた分だけ、少しだけ引っかかった。


 

「駿じゃん」


 聞き馴染みのある声。


 顔を上げると、直己がいた。


「なんだ直己か」


「なんだって失礼だな。親友が近くに来たんだから、嬉しがれよ」


「まぁ、そうだな」


 軽く笑い返す。


 確かに、直己が近くにいるのは悪くないが、宿題を見せたりしないといけないので、少し億劫だった。



 でも。


 さっきの感覚は、まだ少しだけ残っていた。


 


 迎えた昼休み。


 果奈といつもの場所でひとときを過ごしていると、朝の席替えの話題となる。


「まさか、教室のど真ん中の席になるとは思わなかったよ。午前中の授業を受けた感じは可もなく不可もなくってところ」


「私は前の席の方が良かったかな。窓側の席はちょっと眩しい」

「でも、駿は近くに鈴木君が来てくれて良かったじゃん」


 軽く言われて、少しだけ言葉に詰まる。


 

(本当は)


 

 言いかけて、飲み込む。



「……まぁな」



 それでも、口から漏れた。


 

「俺は、果奈が近くに来てほしかった」


 

 思ったより、小さな声だった。


 

 果奈が一瞬、目を丸くする。


 

 それから、少しだけ視線を落とした。



「……私は」


 

 少し間を置く。


 

「席、離れててよかったって思っている」


 

「えっ、なんで!?」



 思わず聞き返す。



 予想外すぎた。


 

「だって」


 

 顔を上げる。


 

「もし隣の席になったらさ」


 少しだけ照れたように笑う。


「今みたいな時間、特別じゃなくなるでしょ」



 言葉が出なかった。


 

 考えたこともなかった。


 

 でも。


 

 言われてみれば、その通りだった。


 

 授業中も。


 休み時間も。


 

 いつでも話せる距離になったら。


 

 今こうして、わざわざ会いに来る時間は――


 

 きっと、変わる。



 胸の奥に残っていた引っかかりが、すっと消える。


「席が近くになるのが嫌って訳じゃないし、駿と近くの席になりたいという気持ちもあった」

「だけど、今はこの限りあるひとときを駿と過ごすのが幸せ」


「そうだね。あと、ありがとう」


「何でお礼を言うの?」


「言いたくなっただけ」


 二人で自然と笑い合う。



 席替えの結果は思い通りにはならず、また果奈と離れたところになってしまったが、この距離が生み出した幸せもあるのだと、知った。

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