9-3 覚悟
週末。
直己は、朝日で目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光がやけに眩しい。
いつもなら、こんな時間に起きることはない。
夜更かしして、昼前に起きるのが普通だった。
なのに今日は、自然と目が覚めた。
(……なんでだよ)
分かっている。
ベッドから起き上がると、そのまま鏡の前に立つ。
寝ぐせを直し、ワックスを手に取る。
普段はやらないことを、今日は全部やる。
服も、何度も着替えた。
選び直して、また迷って。
ようやく納得できた頃には、時計の針がかなり進んでいた。
再び、鏡の前に戻り、映る自分を見る。
いつもより、少しだけマシに見えた。
でも同時に、胸の奥が落ち着かない。
(……緊張してんのかよ)
まだ時間はある。
スマホを取り出し、「デート 会話」「高校生 デート」なんて検索をかける。
画面をスクロールしながら、頭の中で会話をシミュレーションする。
何を話すか。どう振る舞うか。
まるでテスト前の追い込み学習かのように頭に叩き込んだ。
気づけば、待ち合わせの時間が近づいていた。
家を出る。
歩きながら、胸の鼓動が少しずつ速くなり、待ち合わせ場所が近づくにつれて、足取りが重くなっていく。
――逃げたいわけじゃない。
ただ、うまくやれる気がしないだけだ。
予定よりも20分も早く着いた。
ベンチに座り、スマホを見る。
さっき調べた内容を、もう一度確認する。
調べごとに夢中になっていたそのとき。
「鈴木君」
聞き馴染みのある声。
顔を上げる。
そこにいたのは、島内さんだった。
花柄のワンピース。
風に揺れる髪。
一瞬、言葉が出なかった。
「ごめんね、ちょっと待たせた?」
「いや……全然」
慌てて首を振る。
「それより……その服、すごく似合ってる」
「ほんと?」
少し照れたように笑う。
「今日、暑くなりそうだったからこれにしたんだけど……そう言ってもらえて嬉しい」
島内さんが優しい笑顔で応える。
ワンピースのせいもあってか、その笑顔がいっそう際立って見えた。
二人で歩き出す。
今日の島内さんがあまりにも美しすぎて、釣り合っているのかという疑問が芽生える。
何を話せばいいのか、分からない。
でも沈黙が怖くて、当たり障りのない話題を探す。
気づけば、表面だけの会話を繋いでいた。
それでも、島内さんは自然に応じてくれる。
映画館に着くころには、少しだけ落ち着いていた。
「何か観たい映画とかある?」
「特にないかな」
「じゃあ、恋愛系でもいい?」
「うん、いいよ」
正直なところ、青春恋愛系の作品はそこまで好きじゃない。
本当は今公開しているSFアクションの映画が観たかった。
でも、それよりも。
――今日は、島内さんとの時間を優先したかった。
上映が始まる。
物語は、王道の恋愛だった。
主人公とヒロインが、少しずつ距離を縮めていく。
だが、気になったのは別の人物だった。
ヒロインを想い続けていた、主人公の友達。
報われないと分かっていて、それでも想い続ける姿。
なぜか、目を逸らしたくなった。
(……やめろよ)
何に対してか分からないまま、そう思った。
映画が終わる。
近くのカフェに入ると、島内さんが楽しそうに話し始めた。
「主人公とヒロインが距離を縮めていく描写が凄く良くて、感動しちゃった。鈴木君はどうだった?」
「うん。面白かった」
一拍置いてから、続ける。
「……でも、主人公の友達がヒロインに振られたところは心をえぐられた」
「確かにね」
島内さんが頷く。
「物語の最初からヒロインの事を想っていたのはその子だったしね」
「そう。だから……せめて、どこかで報われてほしかった」
自分でも、何を言っているのか分からなかった。
なのに、その言葉を否定する気にもなれなかった。
「この作品、続き小説にあるんだって」
「じゃあ、このあと本屋行く?」
「うん」
自然に決まる。
映画を観る前までは全く興味が無かった恋愛系。
でも、今こうして島内さんと作品を語っているうちに、自然と興味を持ち始めている自分が居た。
本屋で続編を手に取る。
「お金は俺が出すから大丈夫」
「そのくらい、私が出すよ」
「じゃあ……」
一瞬考える。
「俺が出す代わりに、最初に小説借りてもいい?」
美生が少しだけ笑う。
「それでいいなら」
我ながら、ナイスアイディアだと思い、心の中でドヤる。
外に出ると、夕方の空が広がっていた。
気づけば、時間はかなり過ぎていた。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
別れ際。
「島内さん、今日は一緒に遊んでくれてありがとう」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。小説、読み終わったら、貸してね」
「了解。それじゃあ、また今度」
「待って、鈴木君」
「どうしたの、島内さん?」
「今日は本当に楽しかった。また2人で遊ぼうね」
島内さんは優しい笑顔を浮かべながら話した。
「俺も楽しかった。是非、また」
手を振り、島内さんと別れる。
無事に島内さんとのお出かけを成功で終われたのは嬉しかった。
だけど、それ以上に「また、2人で遊ぼうね」と次も楽しみにしてくれていたことが嬉しかった。
夏の西日が強く照りつける。
そんななか、胸の奥で何かが静かに決まった。




