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9-1 初めての試み

 次の日。


 教室に入ると、直己がまっすぐこちらへ向かってきた。


 歩き方が、いつもより軽い。


 良いことがあったのだと、すぐに察した。


「おっはよー、駿」


「おはよう、朝からうるさいくらい元気良いけど、何かあった?」


「うるさいって失礼だな。実はな」


 そう言いながら、直己はポケットから小さな袋を取り出した。


 見覚えのある包装だった。


「島内さんがさ、昨日来れなかった俺にって、クッキーくれたんだ」


 一瞬、言葉が詰まる。


「あー……なるほど」


 自然を装って頷く。


「良かったじゃん。美味かっただろ?」


「駿も食べたのかよ。いいなぁ、手作りスイーツまで食って」


「まぁな。また機会あったら誘うよ」


「……頼む」


 短く返す声は軽いのに、どこか力が入っている。


 その違和感を言葉に出来ないまま、チャイムが鳴り、ホームルームが始まった。



 いつもの学校生活を過ごして迎えた放課後。


 空気が、妙に重い。


「修学旅行の実行委員を男女一人ずつ決めます」


 女子委員長の声が響く。


「決まるまで終わりません」


 その一言で、ざわめきが広がった。


 女子はすぐ決まった。


 問題は男子だった。


「お前やれよ」

「いや無理だって」

「男子、早く決めてくれないと私達部活に行けないんだけど」


 責任の押し付け合い。


 誰も前に出ようとしない。


 視線だけが、あちこちに泳ぐ。


(……なんだこれ)


 教室の空気が、どんどん濁っていく。


 直己の方を見るが、直己は思いっきり首を横に振ってくる。


 このまま誰も動かないまま終わるのか。


 そう思った瞬間――


 立ち上がっていた。


「……俺、やります」


 一瞬、教室が静まる。


「浅村くん、立候補でいいのね?」


「はい」


 それだけ言って、座る。


 ざわつきが戻る。


「ナイス浅村」

「助かったわー」


 軽い声が飛んでくる。


 さっきまで黙っていたやつらが、急に饒舌になる。


 ――別に、褒められたかったわけじゃない。


 ただ。


 あの空気のまま終わるのが、嫌だっただけだ。




 部活終わりの果奈との帰り道。


 話の内容が先ほどの実行委員決めの話となる。


「まさか駿がやるとは思わなかった」


「正直、なる気は無かった。でも、他の男子がなかなか手を挙げてくれないから、仕方なく……」


「そつなんだ……でもさ」


 果奈が少しだけ顔を覗き込む。


「あの状況で手挙げるの、普通できないよ」


 まっすぐな目だった。


「かっこよかった」


 その一言で、さっきまでの疲れが全部消えた気がした。


「……ありがとう」


 視線を逸らす。


「果奈からそう言われると、励みになる」

「果奈の思い出に残る修学旅行にするように、実行委員としての仕事を真っ当するよ」


「私だけじゃなくて、クラスの皆んなもでしょ」

「もしも、やっていくうえで悩みとかがあったら相談して、実行委員じゃないけど、少しでも支えになれるように頑張るから」


「その時は頼む」


 自然に笑い合う。


 それだけのことなのに、肩の力がふっと抜けた。


 何気なく空を見上げる。

 

 青かったはずの空に、薄い雲が広がり始めていた。


 気にするほどのことでもないのに、

なぜか目を離した。

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