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8-7 甘いひとときとこれからの懸念

 次の日。


 部活がオフだった駿は、特に予定もなく、ゲームをしながら時間を潰していた。


 気づけば昼前。


 そろそろ何か食べるか、と立ち上がろうとしたその時、


 ――ピンポン。


 インターホンが鳴った。


 玄関に向かい、扉を開ける。


 そこに立っていたのは、美生だった。


「入っていいよ」


「はい、お邪魔します」


 靴を脱ぎながら、美生が少しだけためらう。


「夕飯の時みたいに、そのまま入ってもらってもいいのに」


「それは……ちょっと違うかな」


 苦笑しながら首を振る。


「そういうのは、ちゃんとしたいし」


「……そっか」


 その言葉に、なぜか少しだけ引っかかる。


 けれど、深く考える前に、美生が続けた。


「台所、借りてもいい?」


「もう準備してある」


「ありがとう。今日は、ちょっと頑張るから」


 そう言って、美生は台所へ向かった。


 

 今日の目的は、スイーツ作り。


 これまでにも何度かやっているが、毎回完成度が高くて、結局「美味しい」しか言えずに終わる。


 今回もきっと、そうなるんだろう。


「そういえば、鈴木君は今日どうしたの?」


「誘ったんだけど、家の用事があって、来れなくなったみたい。凄く悔しそうにしていた」


「そうなんだ…駿君、小麦粉使っても良い?」


「良いけど、何か作るの?」


「ちょっとね」


 そう言って美生は台所に向かったので、居間で待つことにする。



 しばらくすると、甘い匂いが漂ってきた。


 それだけで、少しだけ気持ちが緩む。


 家なのに、どこか特別な空気になる。


「凄く良い匂い。多分、シュークリームかな〜楽しみ」


「そうだね。美生ちゃんの作るスイーツは美味しいし、作る度にレベルが上がっているから、将来は立派なパティシエになれると思うよ」


 そんな会話が聞こえ、結とお父さんは心踊らせながら待っているのが伝わる。


 だけど、それは自分も同じだった。



 15時というおやつにぴったりな時間、美生がトレイを持って戻ってきた。


「お待たせ」


 テーブルに並べられる。


 シュークリームと、クッキー。


 見た目だけで分かる。


 ――完成度が高い。


「いただきます」


「どうぞ」


 シュークリームにかぶりつく。


 サクッとした生地。


 中から溢れるクリーム。


 優しい甘さが広がる。


「……うまい」


 思わず、声が漏れる。


「ほんと?」


「めちゃくちゃ美味い」


「よかった」


 美生が、少しだけほっとしたように笑う。

 

「美味しい〜美生姉さん、今度私にも教えてください」


「今度、教えるね」


「また腕を上げたね。このシュークリーム、菓子屋に並んでいても遜色ないレベルだよ」


「ありがとうございます」


 シュークリームを食べ終え、次にクッキーに手を伸ばす。


 食べた瞬間、バターの香りが広がる。


「クッキーも美味しい。何個でも食べれるよ」


「急遽作ったやつなんだけどね」


 そして、美生は自分の作ったシュークリームを、一口食べる。


 頷く。


 けれど、そのあと――ほんの少しだけ、首を傾げた。


「……どうした?」


「ううん、ちょっとだけ」


「納得いってない?」


「うん。もう少し、よくできる気がする」


 その言葉に、少しだけ驚く。


 これで、まだ上を目指すのか。


「毎回思うけど」


 自然と口に出ていた。


「これでも十分すぎるくらい美味いよ」


「ありがとう。でも、もっと良くできるなら、したいから」


 そう言って、柔らかく笑う。


「……みんなに食べてもらうの、好きだし」


 

 その言葉に、少しだけ胸がざわついた。



 片付けを終え、美生はお父さんと少し話したあと、帰る準備をする。


 手には、小さな袋が二つ。


「今日はありがとう」


「お礼を言うのはこっちの方、美味しいスイーツをありがとう」


「そうです。今日も美味しいスイーツをありがとうございます。また時間があったら、作ってください」


「それは結がただ食べたいでしょ」


 その瞬間、結が強くつねってくる。


「痛いな、何するんだよ」


「フン、兄さんが悪いんでしょ」


「二人共、喧嘩しないで。それじゃあ、また明日」


「また、明日」


 そして、美生は家を後にした。


 

 その夜。


 居間でテレビを見ていると、お父さんが口を開いた。


「駿、結。少し話がある」


「何?」


 少しだけ、空気が変わる。


「今後なんだが――美生ちゃんが、時々うちに泊まることになる」


 一瞬、意味が分からなかった。


「……えっ!?」


 思わず聞き返す。


「お父さんの仕事の関係でな。向こうの了承も得ている」


 頭の中で、ゆっくり整理されていく。



 泊まる。


 同じ家で。


 美生が。


 

 ――いや、待て。


 その瞬間、別の顔が浮かぶ。


 

 果奈。


 

 喉の奥が、少しだけ詰まる。


「……マジか」


 それしか言えなかった。


「やったー!また一緒に泊まれる!」


 結は無邪気に喜んでいる。


 けれど、自分は違った。


 嬉しいとか、そういう単純な話じゃない。


 

 幼馴染。


 距離。


 今の関係。



 いろんなものが、頭の中で絡まる。


 それでも――


(……大丈夫、なんとかなる)


 自分にそう言い聞かせた。



 窓の外では、風が強く吹いており、雨はないのに、どこか落ち着かない音だった。

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