8-3 不安を超えたその先に
暴風雨が過ぎ去った翌朝。
雨粒をまとった葉が、朝日にきらきらと光っていた。
果奈はいつもより早く起き、キッチンに立っていた。
今日の弁当は三品。
肉巻き、卵焼き、ブロッコリーの和物。
美生から教わったことを思い出しながら、手を動かす。
最初は順調だった。
だが、肉巻きを焼いている途中、火が少し強かったのか、表面にうっすら焦げ目がついた。
フライパンの前で、少しだけ手が止まる。
前回の失敗が頭をよぎった。
――でも。
楽しみにしてる、と言っていた駿の顔が浮かぶ。
「……大丈夫」
小さく呟き、次の卵焼きに取りかかる。
卵液を流し、巻く。
もう一度流し、また巻く。
いい感じ、と思った次の瞬間。
最後にひっくり返そうとして、少し崩れた。
「あっ……」
慌てて形を整えたせいで、少し歪んだ卵焼きになってしまう。
端の方も、ほんの少し焦げていた。
時計を見る。
作り直す時間はない。
ミニトマトを多めに入れて、隠すことも出来る。
けれど、一度深呼吸をして、覚悟を決めた。
そして、その卵焼きを弁当箱に詰める。
「……これでいい」
蓋を閉めると、胸の奥に小さな不安が残った。
それでも弁当袋を持ち、家を出る。
——昼休み。
駿はいつもの倉庫裏で果奈を待っていた。
前より料理が上手くなっているはずだ。
そう思うと楽しみで、でも少しだけ落ち着かない。
そんなことを考えていると、果奈が歩いてきた。
いつもより、少し足取りが重い。
「駿、お待たせ。お弁当作ってきたよ」
「ありがとう。朝からお疲れ」
「……そんなに期待されても困る」
「え?」
「なんでもない。ほら、早く食べよ」
二人で腰を下ろす。
弁当箱が差し出された。
「開けていい?」
「う、うん」
蓋を開ける。
二段の弁当箱。
下はご飯。
上には肉巻き、ブロッコリー、卵焼きが並んでいた。
まず肉巻きを箸でつまむ。
少しだけ焦げている部分が見えた。
口に運ぼうとすると、果奈がじっとこちらを見ている。
「そんなに見られるとなんか恥ずかしい」
「だって……」
言葉の続きは聞こえなかった。
肉巻きを口に入れる。
「……どう?」
「うん。美味しい」
「ほんと?」
「ほんとほんと。味付けちょうどいい」
果奈の肩が、ほんの少しだけ下がる。
ほっとしたようだった。
ブロッコリーも食べ終え、最後に卵焼きに箸を伸ばす。
するとまた、果奈が不安そうにこちらを見る。
卵焼きは少し歪んでいて、端が少し焦げていた。
一口かじる。
最初に、ほんの少し苦みが来る。
けれどそのあと、甘い卵の味が広がった。
「どう……?」
「焦げてるところは少し苦かった」
果奈の表情が固まる。
「だけど、ちゃんと美味しい」
「……ほんと?」
「うん。優しい味」
果奈の顔に、いつもの明るい笑顔が戻った。
「よかった……」
小さく息を吐く。
「ちょっと失敗したところもあったけど、駿に気に入ってもらえて嬉しい」
「果奈、めっちゃ頑張ったんだなって分かる」
「そんなこと言われると、恥ずかしい」
果奈は頬を赤くして俯いた。
「果奈も食べてみて」
「え?」
「ちゃんと美味しいから」
「作ったの私なのに……」
そう言いながら、果奈も箸を取る。
「卵焼き……思ったより大丈夫かも」
「だろ?」
「肉巻きも美味しいし」
「それも食べてみ」
「もう」
果奈は笑った。
二人で弁当をつついていると、昼休みはあっという間に過ぎていく。
空は昨日の嵐が嘘みたいに晴れていた。
弁当箱の中身も、気づけばきれいに空になっていた。




