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7-3 何か引っかかる

 週末。


 美生は駿君と鈴木君と勉強する為に駿君の家に居た。


 三人での勉強会は、静かな集中と、時々混ざる会話の心地よさがあって好きだった。


 一人で進める勉強とは違う、誰かと理解を重ねていく感覚がある。


「島内さん、数学のところなんだけど」


 鈴木君がノートを差し出す。

 書き込みは多いのに、途中から止まっていた。


「ここまでは合ってるよ。式をまとめる順番を変えると――ほら」


「あ、なるほど……」


 表情が明るくなる。

 理解した瞬間がはっきり分かるタイプだと、教えていて楽しい。


 少し離れた席から声がかかる。


「美生、この問題の“理由”が分からない」


 駿のノートには答えが書かれていた。

 ただ、その横に小さな疑問符がある。


「答えは合ってるね。じゃあ考え方の方を説明するよ」


 同じ説明でも、二人で聞き方が違う。

 鈴木君は“やり方”を、駿君は“意味”を確かめる。


 ――面白いな、と思う。


 しばらくして、鈴木君がふと思い出したように言った。


「島内さんって、分かんないところ無いの?」


「今の範囲は大丈夫。授業のうちに整理してるから」


「直己も見習えよ」


「それはちょっときついかも……」


「無理しなくていいよ。続けられるやり方の方が大事だから」


「分かった。次から計画を立てて、やってみる」


「本当に有言実行するのか見ものだな」


「絶対にやってみせるって!」


 会話が途切れ、再びシャーペンの音だけが残る。



 十五時を少し過ぎた頃、結ちゃんが部屋に顔を出した。


「休憩どうぞ。お菓子持ってきました」


 張り詰めていた空気が緩む。


「ありがとう、結ちゃん」


「はぁ〜、疲れた。俺にもお菓子ちょうだい」


「はいはい、どうせ、兄さんと鈴木さんは美生姉さんに教えられて、ばっかだったんでしょ」


「否定は出来ないけど、結だって、美生からよく勉強を教わってもらってるから、それと同じようなもの」


 結ちゃんは反論出来ずムッとする。


「ちゃっかり、俺の名前も入っていたんですけど…」


「それは事実だろ」


 鈴木君の言葉に駿君が冷静にツッコむ。


 短い笑いが部屋に広がり、また机に向き直る。



 気づけば夕方になっていた。


 玄関を出ると、少しだけ湿った風が吹いている。

 夏が近い匂いがした。


「今日もありがとう、島内さん。かなり自信ついた」


「それならよかった。まずは赤点回避だね」


「うん」


 そこで鈴木君の足が止まる。


 さっきまで自然に話していたのに、言葉が続かない。

 視線を逸らし、何度か口を開きかける。


「……あのさ、島内さん」


 声の調子が少し違った。


「テスト終わったら、映画行かない?」


 一瞬、意味を測りかねる。

 勉強の続きの話ではないと分かるのに、少し時間がかかった。


 断る理由は浮かぶ。

 けれど、言葉に出来なかった。


 鈴木君といる時間は、嫌じゃない。

 むしろ、楽しいと思っている。


「……いいよ」


 答えた途端、鈴木君の表情が一気に明るくなる。


「ほんとに!? ありがとう!」


 その反応に、少しだけ戸惑う。

 ただ映画に行くだけのはずなのに、喜び方が大きい気がした。


 並んで歩き出す。

 会話が、さっきより少し減る。


 風が強く吹いた。


 夏前の空気のはずなのに、袖口がひんやりする。

 思わず腕を押さえる。


「寒い?」


「……ううん」


 そう答えた声が、少し遅れた。


 胸の奥が落ち着かない。

 理由を考えようとして、やめた。


 考えてしまうと、

 今までと同じでいられなくなる気がした。


 代わりに、歩幅を少しだけ速めた。


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