7-2 距離感
二日後の放課後、駿は果奈と並んで歩いていた。
細かな雨が降り続き、傘を叩く音が途切れない。
付き合ってから何度も一緒に帰っているはずなのに、今日は妙に意識してしまう。
これから行くのは、果奈の家だからだ。
玄関を上がり、部屋へ通される。
白を基調にした整った部屋。
前にも来たことがあるのに、なぜか落ち着かない。
「駿、なんかそわそわしてない?」
「……してない。それよりも、早く勉強しよ」
そう答えると、果奈は少しだけ笑った。
勉強は順調に進んだ。
「駿って現文ほんと得意だね。説明、先生より分かりやすい」
「果奈の世界史のまとめ方の方が助かってる」
問題を解きながら、自然に会話が続く。
学校とは違う静かな時間。
恋人同士なのに、こうして並んで机に向かうのは少し新鮮だった。
最初の緊張が抜け始めた頃――
玄関の扉が開く音がした。
小さな足音が廊下を走る。
ドアが勢いよく開いた。
「お姉ちゃーん!」
男の子が飛び込んできて、そのまま果奈に抱きつく。
「こーら、翔太ったら、いきなり入ってきちゃ駄目でしょ」
注意しているのに、声は驚くほど柔らかい。
「最近早く帰ってきてるから、今日もいると思って!」
果奈は自然に頭を撫でた。
その仕草は、学校で見る果奈とも、
自分と二人でいる時の果奈とも違っていた。
――家族の顔だった。
胸の奥がわずかにざわつく。
「この人だれ?」
翔太がこちらを見る。
果奈が、ほんの一瞬だけ言葉を止めた。
「……お姉ちゃんの彼——」
けれど次の瞬間、
「お友達の浅村駿くん」
それは果奈なりの配慮だった。
「お姉ちゃんの友達の浅村駿です。よろしく」
目線を合わせると、翔太は果奈の後ろに隠れた。
「ごめんね、人見知りで」
「大丈夫」
翔太は果奈と後で遊ぶ指切りをして、部屋を出ていく。
ドアが閉まった。
静かになる。
だが、さっきまでと同じ空気には戻らなかった。
「勉強会なのに、弟が迷惑かけちゃってごめんね」
「このくらいはまだお姉ちゃんに甘えたがる年頃だから、しょうがないよ」
ただ――
ノートを見ても、問題が頭に入らない。
さっき見た光景が離れない。
自分の知らない果奈。
当たり前の距離で触れる相手。
迷いのない居場所。
恋人なのに、そこには入れない。
それをはっきり理解してしまった。
帰り道、雨はまだ降っていた。
嫌だったわけじゃない。
むしろ温かい光景だった。
なのに胸が落ち着かない。
さっきまで聞こえていた雨音が遠い。
代わりに、自分の心臓の音だけがはっきり響いていた。
――隣にいる時とは違う音だった。




