6-10 共に歩む
昼休みになり、駿の胸の内は落ち着かなくなっていった。
逃げる理由はいくらでも思いつく。
それでも、足は自然と果奈が待つ、校舎外れの方にある階段の屋上の前に向かっていた。
屋上前の踊り場。
雨が降りそうな日には、決まってここで昼を過ごす。
果奈は、もう来ていた。
こちらに気づくと、いつも通りの笑顔を向けてくる。
それが、今日は少しだけ遠く感じた。
並んで腰を下ろし、弁当を広げる。
登校中と同じように、他愛のない話が続く。
テストのこと、授業のこと、クラスの噂話。
――やっぱり、大会の話は出ない。
触れてほしくない。
でも、触れられないままでいるのも、苦しい。
しばらくして、箸を止めた。
「……LINEでも送ったけどさ」
果奈の視線が、静かにこちらを向く。
「昨日の個人戦、二回戦で負けた。県大会には行けなかった」
言葉にした途端、胸の奥がきしんだ。
「相手、すごく強くてさ。ほとんど歯が立たなかった。……県大会に出るのが、どれだけ大変か、改めて思い知らされた」
一息置いて、続ける。
「そんな相手と戦って、さらに上を目指してる果奈は……本当にすごいと思う」
言い終えた瞬間、自分の言葉が、棘を含んでいたことに気づいた。
褒めたつもりが、言い訳と僻みが混じっている。
空気が、重くなる。
果奈はすぐには何も言わなかった。
ただ、少しだけ唇を噛みしめてから、立ち上がる。
「……駿。立って」
「え?」
戸惑いながらも立ち上がると、次の瞬間、果奈が一歩近づいてきた。
そして――抱きしめられた。
「……っ!?」
突然のことに、声が喉で詰まる。
柔らかい力が、背中に回る。
心臓の音が、やけに大きく響いた。
「ごめんね」
果奈の声は、少し震えていた。
「何て言えばいいのか、ずっと分からなくて……。傷つけたくなくて、でも、何もしないのも違う気がして」
腕に込められる力が、わずかに強くなる。
「テニスのこと、正直よく分からない。でも……駿が悔しいって思ってるのは、分かる」
顔を上げ、果奈はまっすぐこちらを見る。
「だから、一人で抱えないで。一緒に、また目指そう」
その笑顔は、朝に見たときよりも、ずっと近くて。
眩しいのに、今度は目を逸らさずにいられた。
胸の奥に溜まっていたものが、少しずつ溶けていく。
「……ありがとう」
声が、かすれる。
「ごめん。果奈が、気を遣ってたことにも気づかなくて」
「謝らなくていいよ」
果奈は、少しだけ困ったように笑った。
「私も、試合で負けたこと、何度もあるし。悔しい気持ちは、時間が経っても簡単には消えない」
それでも、と続ける。
「だからこそ、その悔しさを、次に使うしかないんだよ」
抱きしめる腕が、そっと緩む。
昼休み前まで、空を覆っていた厚い雲は、いつの間にか切れ間を見せていた。
雲の隙間から差し込む光が、淡く照らしている。
幻想的な光景だった。
――少なくとも、さっきよりは、前を向ける気がした。




