6-6 大きな壁
地区大会二日目。
大会会場に到着した駿は、コート脇で軽いストレッチをしていた。
体をゆっくりとほぐしながら、これから始まる個人戦に意識を向けていく。
個人戦は、四回戦に進めば県大会。
だが、そこへ辿り着く前に、多くの選手が足を止める関門がある。
二回戦――シード選手。
実力者と当たる最初の壁だ。
ストレッチを終えると、隆二が隣にやってきた。
「二回戦の相手は県大会でも通用する強敵だ。でも、昨日の決勝トーナメントみたいなプレーができれば、勝機はある」
落ち着いた声だった。
「ありがとう、隆二。少し、自信出てきた」
「少しだけかよ」
隆二が呆れたように笑う。
その何気ないやり取りだけでも、心が少し軽くなる。
やがて開会式が終わり、競技が始まった。
自分の名前はトーナメントの後ろの方にある。
それまで、他の部員たちの試合を応援していた。
初戦を突破して歓声を浴びる者。
ラケットを握りしめたまま、俯く者。
中には、三年間の部活に終止符を打たれた先輩もいる。
嬉しさと悔しさが入り混じった空気。
部員たちの間には、どこか言葉にしづらい雰囲気が漂っていた。
正直、居心地が悪い。
この場所から、少し離れたいと思うほどに。
「浅村先輩、ぼーっとしてましたけど、何かありました?」
その空気を気にも留めないように、祐希が声をかけてくる。
「この雰囲気、どうしても慣れなくてさ」
「しょうがないですよ」
祐希はあっさりと言った。
「団体戦は、誰かが負けても他の人が勝てばチームの勝ちになります。でも個人戦は違う。負けたら、その瞬間で終わりですから」
淡々とした言葉だったが、不思議と重みがあった。
全国手前まで進んだ経験を持つ祐希の言葉だからだろう。
「確かに、そうだな」
「もしもの話ですけど」
祐希は少しだけ笑った。
「浅村先輩が初戦で負けたら、自分と辰巳先輩で慰めに行きます。その時は思いっきり悔しんでください」
「さっきの貫禄返してくれ」
思わず苦笑する。
「あぁ、いいよ。その代わり祐希がシード下の相手に負けたら、頭撫でながら慰めてやるからな」
必死の反撃だった。
だが祐希は、まったく動じない。
「大丈夫です。絶対に負けませんから」
その迷いのない言葉に、思わず苦笑が漏れる。
(その自信、少し分けてほしいな)
そんなことを考えていると、場内アナウンスが響いた。
自分の名前がコールされる。
ラケットを握り直し、試合が行われているコートへ向かった。
コートに着くと、対戦相手もすぐに現れた。
挨拶を交わし、試合が始まる。
最初の数ポイントは体が硬かった。
ラケットの感触が少しだけ遠い。
だが――
長いラリーの末、打ち込んだストレートがライン際に突き刺さった。
相手は一歩も動けない。
その瞬間、体の奥で何かがほどけた。
呼吸が整う。
視界が開ける。
次のポイントから、動きが明らかに変わった。
鋭いリターン。
素早いフットワーク。
攻め続けるラリー。
気付けば流れは完全にこちらに傾いていた。
終わってみれば、相手に1ゲームも与えないまま勝利。
部員たちの元に戻ると、皆が声をかけてくる。
「ナイスゲーム!」
「強かったぞ!」
その声は嬉しかった。
だが胸の奥は不思議と静かだった。
喜びより先に、次の試合の存在が意識に浮かんでくる。
そんなことを考えていると、祐希が近づいてきた。
「浅村先輩、一回戦勝利おめでとうございます」
「ありがとう。でも、本当の勝負はここからだ」
そう言った瞬間。
祐希の動きが、ほんの一瞬止まった。
「……?」
「ぼーっとしてるけど、大丈夫?」
「あっ、全然、何もないです」
祐希はすぐに表情を戻す。
「そろそろ自分の試合なんで、準備してきます」
そう言って、颯爽と離れていった。
二回戦が始まり、すぐに祐希の名前がコールされる。
応援のためにコートへ向かった。
相手はシード下から勝ち上がってきた選手。
だが――
実力差は明らかだった。
祐希は危なげなくポイントを重ね、試合は一方的に進んでいく。
それでも、今日の祐希はいつもより鋭かった。
1球1球に込められた強い意思。
そのプレーはまるで――
この先に待つ「シードとの戦い」を、現実として突きつけてくるようだった。
それを見つめながら、胸の奥が静かにざわめく。
次の試合――シードとの戦いが、すぐそこまで迫っていた




