6-4 自分の中の大きな一歩
果奈との時間を過ごしたあと、駿は部員たちの待つ場所へ戻った。
戻った瞬間、祐希がすぐに声をかけてくる。
「浅村先輩、戻るの遅かったですね。何かあったんですか?」
一瞬だけ言葉に詰まったが、咄嗟に答えた。
「ちょっと気晴らしに走ってたら、思ったより時間かかってさ」
言った直後、内心で自分にツッコミを入れる。
(疲れてるのにランニングする馬鹿がどこにいるんだよ……)
だが祐希は疑う様子もなく、
「そ、そうなんですか」
と素直に頷いた。
その様子に、小さく胸を撫で下ろす。
しばらく祐希と話していると、隆二がこちらへ歩いてきた。
「戻ってきたか浅村。喉乾いてたから丁度いいな」
その言葉を聞いた瞬間――
雷に撃たれたような衝撃が走る。
(……あ)
完全に忘れていた。
スポーツドリンクを買いに行く、という本来の目的を。
隆二が呆れたように眉を上げる。
「まさか……買い忘れたのか?」
「……はい」
観念したように答える。
隆二は大きくため息を吐く。
「はぁ……」
そのため息の意味を、痛いほど理解していた。
果奈と話すことに夢中になって、すっかり忘れていたのだ。
「まぁいい。飲み物くらい、いつでも買えるし」
隆二はそう言って肩をすくめる。
「ごめん、ごめん」
苦笑いするしかなかった。
その時、会場にアナウンスが響く。
『午後の競技を開始します』
いよいよ、決勝トーナメントが始まる。
予選を二位で通過した上野高校は、県大会へ進むためにはあと二勝が必要だった。
一戦目からの出場となる。
コートの外で仲間たちの試合を見守りながら、出番を待つ。
予選とは違う空気。
一つ負ければ終わる緊張感。
それでも部員たちは粘り強く戦い――
気が付けば、上野高校が二勝していた。
あと一勝で勝利。
そこで、名前が呼ばれる。
「浅村、頼んだぞ!」
背後から先輩たちの声援が飛び、背中を押されながら、コートへ向かう。
その途中、ふと視線を観客席へ向けた。
果奈がいる場所。
距離が遠く、表情までは分からない。
それでも――
応援してくれていることだけは、はっきり伝わってきた。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
相手と握手を交わす。
そして試合が始まった。
相手のサーブ。
ボールが放たれる。
落下地点を読み、素早く動いた。
(……軽い)
一歩目の感覚に、驚く。
午前中より、体が軽い。
自然と足が動く。
ラケットを振り抜く。
鋭いレシーブがコートへ突き刺さる。
相手は反応できない。
ポイント。
「よしっ」
小さく呟き、拳を握る。
その一点をきっかけに、流れは一気に駿へ傾いた。
ポイントを連取する。
1ゲームは取られたものの、主導権は渡さない。
そして――
気付けば、マッチポイントを迎えていた。
あと一点で勝利。
胸がざわつく。
その瞬間、ふと脳裏に浮かんだのは――
果奈の姿だった。
靴紐を結び直し、
足の甲を軽く叩いたあの仕草。
(……おまじない、効いてるかもな)
心の中で小さく笑う。
相手のサーブ。
しかしボールには勢いがない。
体力が限界に近いのだろう。
(チャンス)
踏み込み、ラケットを振り抜く。
針の穴を通すような鋭いレシーブ。
それでも相手は必死に追いつき、なんとか返してくる。
ボールは高く、緩やかな弧を描いた。
絶好の球。
――振り抜いた。
スマッシュがコートに突き刺さる。
相手は追うが、届かない。
試合終了。
同時に――
上野高校、決勝トーナメント初戦突破。
「よしっ!」
思わず小さくガッツポーズをする。
だが、その感覚はさっきの先制点とは全く違っていた。
胸の奥から、確かな手応えが込み上げてくる。
相手と握手を交わし、コートを離れる。
すると、今江先生と祐希が駆け寄ってきた。
「浅村、よくやったな。成長が伝わる試合だったぞ」
「浅村先輩、ナイスファイトです!」
その言葉を聞いた瞬間――
張り詰めていた糸が、ふっと緩む。
どっと疲れが押し寄せた。
それでも、不思議と気持ちは軽かった。
団体戦は、一人が勝っても意味がないこともある。
だが――
今日のこの一勝は違う。
確実に、自分の中で何かが前に進んだ。
そう思える、大きな勝利だった。




