6-3 おまじない
午前の試合が終わり、駿は隆二と祐希と並んで昼休憩を取っていた。
「はぁ……」
思わず、ため息がこぼれる。
「そんな落ち込むなよ。相手も強かっただろ。しょうがない。午後の試合に切り替えろ」
隆二が軽く肩を叩く。
「自分もダブルスで負けましたし、浅村先輩だけの責任じゃないですよ。決勝トーナメントには進めたんですから、午後も頑張りましょう」
祐希もそう言って笑う。
二人の言葉を聞きながら、ゆっくり息を吐く。
胸の奥に引っ掛かっていた重さが、少しだけ和らぐ。
「……ありがと。午後も頑張るよ」
昼食を食べ終え、三人でトイレを済ませる。
部員たちが集まっている場所へ戻る途中、祐希と午後の試合の話をしていると、隆二が声をかけてきた。
「浅村、金渡すからさ。自動販売機でスポドリ買ってきてくれないか?」
「え? まぁいいけど……」
正直、そこまで遠くない。
隆二が行けばいいのに、と少し思う。
「そこは後輩である自分が――」
祐希が言いかけるが、隆二がすぐに遮った。
「祐希は浅村以上に試合に出てるんだから残り時間は休むか、ウォームアップしてろ」
その口調に、少しだけ違和感を覚える。
(……なんだ?)
何か理由がある気がしたが、深くは聞かなかった。
「分かった。買ってくる」
そう言って、来た道を引き返す。
自動販売機へ向かって歩きながら、さっきの試合が頭をよぎる。
最後のポイント。
返せたはずの球。
あと一歩、届かなかった。
(くそ……)
胸の奥が、また少しだけ重くなる。
その時だった。
「駿!」
聞き慣れた声が響く。
顔を上げると、そこに果奈が立っていた。
その瞬間、すべてを理解した。
(……ああ)
隆二は、気付いていたのだ。
果奈が会場に来ていることに。
だから、自分をここに向かわせた。
(あいつ……)
ありがたいと思う反面、
自分より先に果奈を見つけていたことに、少しだけ複雑な気持ちになる。
「本当に来てくれたんだ。ありがとう」
「当たり前でしょ。駿の晴れ舞台なんだから」
一瞬、言葉が詰まる。
喉の奥がきゅっと締まり、慌てて息を吸った。
“来てくれた”。
それだけのことなのに、胸の奥がじんわり温かくなる。
立ち話も落ち着かないので、近くのベンチに移動する。
しばらく何気ない話を続けた後、ふと気になっていたことを口にした。
「……さっきの試合、見てた?」
「う、うん」
「そっか」
思わず、苦笑してしまう。
「かっこ悪いところ見せちゃったな」
視線を落とす。
負けた直後の感覚が、胸の奥に蘇る。
その瞬間――
「そんな事ない!」
果奈の声が強く響いた。
「ここまで、駿の試合たくさん見た。負けた試合も、勝った試合も」
果奈はまっすぐ自分を見ていた。
「確かに、大会だから勝ち負けは大事だと思う」
少し息を吸って、続ける。
「でも私は、必死にテニスしてる駿の姿が……誰よりも輝いて見えた」
胸が、どくんと鳴る。
「心に響いたの」
果奈は一度、視線を落とした。
「最後に一つだけ言わせて」
一瞬の沈黙。
「……凄く、かっこよかったよ」
その言葉を聞いた瞬間。
心臓が大きく跳ねた。
胸の奥が、熱い。
さっきまで胸に残っていた悔しさが、ゆっくり溶けていく。
思わず大きく息を吸う。
「スーッ……ハーッ……」
そして小さく笑う。
「……よし。午後の試合、これで頑張れそうだ」
「その意気だよ、駿」
気付けば、休憩時間の終わりが近づいていた。
「そろそろ戻るね」
立ち上がろうとすると、
「ちょっと待って」
果奈が言った。
「一瞬だけ時間ちょうだい」
そう言うと、しゃがみ込み、テニスシューズに手を伸ばす。
「え?」
気付いた時には、靴紐がほどかれていた。
そして、丁寧に結び直されていく。
「よし」
結び終えると、果奈は足の甲を軽くトン、と叩いた。
まるでおまじないのように。
「これで大丈夫」
「ありがとう」
自分でも驚くほど、声が軽かった。
「私も応援頑張るから。駿も目標に向かって頑張って」
「……うん」
小さく頷く。
そして果奈に背を向け、歩き出す。
さっきまで胸に残っていた重さは、もう感じなかった。
代わりに胸の奥にあるのは――
熱い、やる気だった。
気付けば、さっきよりも少しだけ速く歩いていた。




