表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/110

6-3 おまじない

 午前の試合が終わり、駿は隆二と祐希と並んで昼休憩を取っていた。


「はぁ……」


 思わず、ため息がこぼれる。


「そんな落ち込むなよ。相手も強かっただろ。しょうがない。午後の試合に切り替えろ」


 隆二が軽く肩を叩く。


「自分もダブルスで負けましたし、浅村先輩だけの責任じゃないですよ。決勝トーナメントには進めたんですから、午後も頑張りましょう」


 祐希もそう言って笑う。


 二人の言葉を聞きながら、ゆっくり息を吐く。


 胸の奥に引っ掛かっていた重さが、少しだけ和らぐ。


「……ありがと。午後も頑張るよ」



 昼食を食べ終え、三人でトイレを済ませる。


 部員たちが集まっている場所へ戻る途中、祐希と午後の試合の話をしていると、隆二が声をかけてきた。


「浅村、金渡すからさ。自動販売機でスポドリ買ってきてくれないか?」


「え? まぁいいけど……」


 正直、そこまで遠くない。


 隆二が行けばいいのに、と少し思う。


「そこは後輩である自分が――」


 祐希が言いかけるが、隆二がすぐに遮った。


「祐希は浅村以上に試合に出てるんだから残り時間は休むか、ウォームアップしてろ」


 その口調に、少しだけ違和感を覚える。


(……なんだ?)


 何か理由がある気がしたが、深くは聞かなかった。


「分かった。買ってくる」


 そう言って、来た道を引き返す。


 自動販売機へ向かって歩きながら、さっきの試合が頭をよぎる。


 最後のポイント。


 返せたはずの球。


 あと一歩、届かなかった。


(くそ……)


 胸の奥が、また少しだけ重くなる。


 その時だった。


「駿!」


 聞き慣れた声が響く。


 顔を上げると、そこに果奈が立っていた。


 その瞬間、すべてを理解した。


(……ああ)


 隆二は、気付いていたのだ。


 果奈が会場に来ていることに。


 だから、自分をここに向かわせた。


(あいつ……)


 ありがたいと思う反面、


 自分より先に果奈を見つけていたことに、少しだけ複雑な気持ちになる。


「本当に来てくれたんだ。ありがとう」


「当たり前でしょ。駿の晴れ舞台なんだから」


 一瞬、言葉が詰まる。


 喉の奥がきゅっと締まり、慌てて息を吸った。


 “来てくれた”。


 それだけのことなのに、胸の奥がじんわり温かくなる。


 立ち話も落ち着かないので、近くのベンチに移動する。



 しばらく何気ない話を続けた後、ふと気になっていたことを口にした。


「……さっきの試合、見てた?」


「う、うん」


「そっか」


 思わず、苦笑してしまう。


「かっこ悪いところ見せちゃったな」


 視線を落とす。


 負けた直後の感覚が、胸の奥に蘇る。


 その瞬間――


「そんな事ない!」


 果奈の声が強く響いた。


「ここまで、駿の試合たくさん見た。負けた試合も、勝った試合も」


 果奈はまっすぐ自分を見ていた。


「確かに、大会だから勝ち負けは大事だと思う」


 少し息を吸って、続ける。


「でも私は、必死にテニスしてる駿の姿が……誰よりも輝いて見えた」


 胸が、どくんと鳴る。


「心に響いたの」


 果奈は一度、視線を落とした。


「最後に一つだけ言わせて」


 一瞬の沈黙。


「……凄く、かっこよかったよ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 心臓が大きく跳ねた。


 胸の奥が、熱い。


 さっきまで胸に残っていた悔しさが、ゆっくり溶けていく。


 思わず大きく息を吸う。


「スーッ……ハーッ……」


 そして小さく笑う。


「……よし。午後の試合、これで頑張れそうだ」


「その意気だよ、駿」


 気付けば、休憩時間の終わりが近づいていた。


「そろそろ戻るね」


 立ち上がろうとすると、


「ちょっと待って」


 果奈が言った。


「一瞬だけ時間ちょうだい」


 そう言うと、しゃがみ込み、テニスシューズに手を伸ばす。


「え?」


 気付いた時には、靴紐がほどかれていた。


 そして、丁寧に結び直されていく。


「よし」


 結び終えると、果奈は足の甲を軽くトン、と叩いた。


 まるでおまじないのように。


「これで大丈夫」


「ありがとう」


 自分でも驚くほど、声が軽かった。


「私も応援頑張るから。駿も目標に向かって頑張って」


「……うん」


 小さく頷く。


 そして果奈に背を向け、歩き出す。


 さっきまで胸に残っていた重さは、もう感じなかった。


 代わりに胸の奥にあるのは――


 熱い、やる気だった。


 気付けば、さっきよりも少しだけ速く歩いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ