5-10 確実な一歩
翌日の放課後。
直己は待ち合わせ場所に着き、何度も時間確認をした。
(……今日は完璧だろ)
前回は自分の方が遅れてしまった。
だから今日は、かなり早めに来た。
人通りを眺めながら落ち着かない指先を止めた、その時。
「鈴木君」
顔を上げる。
島内さんが小さく手を振っていた。
「待たせちゃったかな?」
「いや、俺も今来たところ」
自然に立ち上がる。
それだけで、前より少し前進出来た気がした。
「それじゃ、行きますか」
「うん」
並んで歩き出す。
それだけで胸が妙に忙しい。
買い物は驚くほど順調だった。
前回みたいな沈黙はない。
駿の話。
学校の話。
どうでもいい失敗談。
気づけば笑い合っていた。
(……普通に話せてる)
それが何より嬉しかった。
買い物を終え、駿の家へ向かう道。
「もうすぐ期末テストだね」
島内さんが言う。
「鈴木君、勉強してる?」
「いや、まだ。毎回1週間前から焦り始めて前日徹夜タイプ」
「当日大丈夫なの、テスト中に眠くなったりしない?」
「テストの日早く帰れるし、帰って寝ればなんとか」
「なるほどね」
「でも、テスト中に眠くなってうとうとする時もたまに……」
「そ、そうなんだ……」
島内さんが苦笑する。
「私は前日早く寝て、朝やる派かな。朝の方が覚えやすいらしいよ」
「へぇ……」
本気で感心する。
「俺も次のテストからそうしてみる」
「試しにやってみて、合わなかったら戻せばいいし、新しいやり方を探していけば良いと思うよ」
少し間が空く。
そして――
「もし困ったら、相談乗るよ」
「ほんとに?」
「うん。でもクラス違うし……」
美生がスマホを取り出した。
「LINE交換してもいい?」
一瞬、思考が止まる。
「ぜひ、お願いします!」
声が少し裏返った。
慌ててQRコードを読み取る。
画面に表示された名前。
――島内 美生。
胸の奥で何かが弾けそうになるのを必死に抑えた。
「改めて、よろしくお願いします」
「そんな改まらなくていいのに、でも、こちらこそよろしくね」
歩き出してからもしばらく、心臓の音がうるさかった。
駿の家に着く。
「結ちゃん、ただいま」
「おかえりなさい! 手離せないので先入ってください!」
美生はそのままキッチンへ向かった。
「俺も手伝うよ」
「ありがとう。じゃあ野菜洗ってくれる?」
「任せて」
水の音。
包丁のリズム。
並んで作業する時間が、不思議と心地いい。
途中で結ちゃんが台所にやってくる。
自分が台所で手伝ってるところを結ちゃんが見たら、機嫌を損ねるかもしれないと恐れたが、何事もなく、手伝いに加わったので、内心ホッとした。
そして、三人で夕飯の準備を進めた。
扉が開く音。
「ただいまー」
駿が帰ってくる。
「直己、今日もありがとう」
「お、おう」
次の瞬間、駿が耳元で囁いた。
「……で? どうだった?」
「な、何がだよ」
「絶対なんかあった顔してる」
観念する。
「……LINE、交換した」
「マジで!? やるじゃん!」
「向こうからだけどな」
「形はともあれ、交換出来て良かったじゃん」
その時。
「二人とも! 手止まってます!」
結ちゃんの雷が落ちてきた。
「「はい……」」
同時に返事して黙って夕飯の準備を進める。
夕食後。
帰り道。
隣を歩きながら、他愛ない会話が続く。
沈黙が怖くない。
言葉を探さなくてもいい。
(……前と違う)
ポケットの中でスマホが触れる。
我慢できず、少しだけ取り出す。
トーク一覧。
一番下に、新しく追加された名前。
――島内 美生。
画面を閉じても、自然と頬が緩んだ。
夜風が、少しだけ心地よかった。




