5-8 支えられて
会場に入り、荷物を席へ置くと、果奈は先輩と共にウォーミングアップを始めた。
県大会に出場している部員は、自分と先輩の二人だけ。
他の部員たちは学校で練習をしている。
体育館の空気は、いつもより重かった。
ラケットを握る手に、わずかに汗が滲む。
試合開始のアナウンスが流れる。
だが、自分の試合順はまだ先だった。
じっとしている方が落ち着かない。
気を紛らすた為に、軽くランニングを始める。
体育祭のランニングゾーンを走りながら――無意識に観客席へ視線が向いた。
(……何してるんだろ)
来るはずがないと分かっている。
それでも、探してしまう。
その時。
『――上野の高校、早川果奈選手——』
名前がコールされた。
胸が跳ねる。
足を止め、コートへ向かった。
初戦。
序盤は相手のペースだった。
鋭いコースを突かれ、思うように体が動かない。
(落ち着いて)
一度深く息を吐く。
次のラリー。
バック側へ打ち込まれたシャトルを、体勢を崩しながら拾う。
返球はネットすれすれ。
相手がわずかに体勢を崩した。
――今。
前へ踏み込み、打ち抜く。
乾いた音が体育館に響いた。
そこから流れを掴み、初戦を突破した。
勝利を報告し、観客席へ戻る途中。
また視線が彷徨う。
自分でも気づかないふりをしながら。
二回戦。
接戦だった。
息が上がり、足が重くなる。
それでも一本ずつ積み重ね、勝利。
地方大会まで、あと一歩。
三回戦前。
準備している最中、家族の姿を見つけた。
「お姉ちゃん!」
翔太が飛びついてくる。
「もう、こんなところで飛びついてきちゃ駄目でしょ」
「はーい……」
お母さんが笑いながら尋ねる。
「今どんな感じ?」
「二回戦、勝ったところ」
「頑張ってるじゃない」
「でも、大事なのはここから」
父が差し出したのは、小さなチョコ菓子だった。
「お父さんからの些細な差し入れ、糖分補給。こういうの大事だぞ」
「ありがとう」
「それじゃ、お母さん達は近くで応援してから頑張ってね果奈」
「お姉ちゃん頑張って!」
「うん」
背中を押されるように、その場を離れる。
試合前。
お父さんからもらった袋を開けようとして、手が止まった。
裏面のメッセージ欄。
そこに、小さな文字。
『目標に向かってファイト!』
一瞬、視界が滲む。
丁寧に封を切り、チョコを口に入れる。
甘さが、ゆっくり広がった。
袋は折れないようにバッグへしまう。
『――上野の高校、早川果奈選手——』
再び名前が呼ばれた。
コートに立つ。
まだ相手はいない。
目を閉じる。
(あと一歩)
駿。
翔太。
お母さん。
お父さん。
(絶対に――)
「よし」
小さく呟いた。
試合開始。
一セット目。
攻め続けた。
迷いなく振り抜き、圧倒する。
だが分かっていた。
相手は観察している。
本当の勝負はここから。
二セット目。
思惑通り、流れが変わる。
鋭いコース。
速い展開。
反応が一歩遅れる。
奪い返せないまま、セットを落とした。
三セット目。
「ハッ!」
息を吐きながら打ち返す。
ラリーが続く。
足が重い。
肺が焼けるように痛い。
それでも食らいつく。
だが――点差が開く。
マッチポイント。
サーブを厳しい位置へ返す。
流れを掴んだ、そう思った瞬間。
相手のスマッシュ。
白いシャトルがコートに突き刺さった。
――ゲームセット
拍手の音だけが遠く聞こえる。
握手を交わし、敗者審判を終える。
観客席へ戻る途中。
また視線が動いた。
探してしまう。
いないと分かっているのに。
階段の陰。
人の少ない場所まで来た瞬間。
表情が崩れた。
帰りの車。
窓の外をぼんやり眺める。
「二年で県大会三回戦って、凄いことだと思うよ」
お母さんの声。
「誇り持ちなさい」
「……うん」
「お姉ちゃん凄かった!」
翔太。
「三回戦は苦しい試合になったと思う。でも、果奈なら、この経験をバネしてもっと上のところ行ける。お父さん信じているから」
お父さん。
「ありがとう」
それしか言えなかった。
スマホが震える。
『大会どうだった?』
駿からだった。
『あと一歩で届かなかった』
送信。
すぐ既読がつく。
でも返信は来ない。
それだけでも、駿の優しさが伝わってくる。
画面を閉じてまた開く。
少し考えて、もう一度送った。
『でも次に繋がる試合だった』
『次は絶対行く』
『駿も来週の地区大会、頑張ってね』
数秒後。
『それなら安心した』
『来週の大会頑張るし、果奈の支えになるから』
自然と笑みがこぼれた。
『ありがとう』
送信する。
窓の外を見る。
行きと同じ景色。
けれど――
もう、淀んでは見えなかった。




