5-6 背中を追って
駿君が部活に出ている間、美生は結ちゃんと一緒に買い物に来ていた。
「美生姉さん、この服どうですか?」
結ちゃんが少し照れた様子で服をあてがう。
淡い色のワンピースが、年相応の可愛らしさを引き立てていた。
「うん、似合ってる。でも――」
少し首を傾げる。
「こっちの方が結ちゃんらしいかも」
隣のラックから別の服を手に取る。
「え、ほんとですか?」
着替えて出てきた結ちゃんは、鏡の前で目を輝かせた。
「……あ、こっちの方が柄も良いし、私に似合いそうです」
昔からそうだった。
結ちゃんは、自分が選んだものより、私に勧められたものを嬉しそうに受け取る子だった。
服を見た後、近くのカフェに入る。
「このカフェオレ、美味しいです」
「良かった。私もたまに飲みたくなるんだよね」
「今度、友達にも教えます」
嬉しそうにカップを両手で持つ結ちゃんを見ながら、前から気になっていたことを思い出した。
「ねえ、結ちゃん」
「はい?」
「なんで私と話す時、ずっと敬語なの?」
結ちゃんがぴたりと動きを止めた。
「……あ」
少し考えるように視線を落とす。
「言われてみれば、ですね」
ストローを指で回しながら、小さく笑った。
「たぶん……お姉ちゃんやお母さんに近しい憧れの存在だからです」
「お姉ちゃんやお母さんに近しい憧れの存在?」
「はい」
結ちゃんはゆっくり言葉を選ぶ。
「小さい頃、美生姉さん、毎日のように家に来てくれてましたよね」
記憶が蘇る。
幼い頃の結ちゃん。
一緒に遊び、笑い合って、夕方まで過ごした日々。
「あの頃、本当のお姉ちゃんみたいだって思ってました」
少し間が空く。
「でも、中学生になって……美生姉さんがご飯を作ってくれるようになって」
声が少し柔らかくなる。
「気づいたら、“お母さんってこんな感じなのかな”って思うようになってました」
胸が、わずかに揺れた。
「だから敬語なの?」
「尊敬してる人に、タメ口ってなんか出来なくて。だから、敬語なのは気にしないでください」
照れたように笑う。
「私、美生姉さんみたいな人になりたいんです」
まっすぐな言葉だった。
嬉しいはずなのに――
胸の奥に、小さな戸惑いが生まれる。
(……私で、いいのかな)
本当のお母さんの代わりになれているわけじゃない。
それでも。
「結ちゃん」
自然と声が優しくなる。
「困ったことあったら、ちゃんと頼ってね」
「はい」
満面の笑みが返ってきた。
店を出ると、通りの向こうを家族連れが歩いていた。
子どもを真ん中に、笑いながら。
その光景を見て、ふと足を止める。
胸の奥が、じんわり温かかった。
少し先の雑貨店に入り、店内を見て回る。
すると結ちゃんがハンドクリーム売り場で立ち止まった。
「どうしたの?」
「これ……友達の間で流行ってて」
値札を見る。
千円。
結ちゃんが迷う理由はすぐ分かった。
「欲しいの?」
「……ちょっとだけ」
言いづらそうに笑う。
「でも今月は他にもお小遣いを使うところがあって」
少し考えたあと、結ちゃんが遠慮がちに言った。
「さっきの話のあとに言うのもあれなんですけど、一つわがまま言って良いですか?」
「良いよ」
「半分、出してもらってもいいですか?」
その言い方が、妙に結ちゃんらしくて。
「全部出すよ」
「それはだめです!」
即答だった。
「流石に甘えすぎです」
真剣な顔に、苦笑する。
「じゃあ半分ね」
「ありがとうございます!」
レジへ向かう背中は、少し跳ねるようだった。
結ちゃんを家まで送り、帰り道を一人歩く。
(憧れ、か……)
空を見上げる。
結ちゃんには母の記憶がほとんどない。
だから、自分が少しでも支えになれたなら――
それは嬉しい。
けれど同時に思う。
(ちゃんと出来てるのかな)
答えは分からない。
それでも。
玄関の前に立ち、扉を開ける。
「ただいま」
いつもより、少しだけ声がはっきりしていた。




