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4-8 恵んでくれたチャンスを活かす

 放課後。


 直己は待ち合わせ場所である複合商業施設へと向かっていた。


◆◆◆


 約束の時間より少し早く着けば、余裕を持って迎えられると思って、家を出た筈だった。


 しかし、待ち合わせ場所へ着いた瞬間、その考えはあっさり覆される。


 そこには、すでに島内さんが立っていた。


 スマホを眺めながら待っている姿は、どこか穏やかで、その姿を見ただけで鼓動は一気に速くなる。


(やっちまった……。)


 せっかく早く来たつもりだったのに、結局待たせてしまい、申し訳なさが先に立つ。


「島内さん、すいません。待たせてしまったみたいで」

 

 中学校の時は普通に話せていたけど、今は異性として意識していることもあり、軽く謝るつもりが堅苦しい言葉で謝ってしまった。


「私がちょっと早く着いちゃっただけだからそんな謝らないで。それに中学校の時みたいに普通な感じで大丈夫だよ」


「りょ、了解」


 さっきよりかは普通に対応出来たけど。島内さんの優しさに胸が締め付けられそうになる。




 最初に日用品売り場へと向かう。


 歩幅を合わせて歩くだけなのに、妙に緊張してしまう。


 沈黙が続く。

 何か話そう。


 そう思うほど、頭の中は真っ白になる。


 すると、島内さんの方から口を開いた。


 

「駿君から何買えばいいのか聞いていない?」


 慌ててスマートフォンを取り出し、駿から送られてきたメッセージを開いた。


「買う物は歯磨き粉、男用のシャンプー、ゴミ袋、ノートだって」


「分かった。まずはゴミ袋が売ってるところから行くね」


 島内さんは迷いなく歩き出し、少し遅れて後を追った。



 ゴミ袋を手に取った後、続けてノート、歯磨き粉と、買い物自体は驚くほど順調に進んでいた。


 けれど。


 俺の心だけは順調とは言えなかった。


その間、島内さんと会話出来ないでいた。


(何か話さないと……。)


 何度もそう思う。


 けれど話題が浮かばない。


 天気。

 学校。

 部活。


 どれも不自然な気がして、結局口を開けずに終わってしまう。



 そんなことを考えているうちに、最後の買い物であるシャンプー売り場へ着いた。


 島内さんが迷うことなく棚へ手を伸ばそうとすると、そのシャンプーに心当たりがあり、反応する。


「俺が使ってるシャンプーと同じだ」


「そうなの、そんな偶然もあるんだね」


「ほんと、驚き」


 だが、そこで会話が終わってしまい、長続きさせることは出来なかった。



 日用品を買い終えて、レジを済ませた後。


 島内さんがバッグを持ち上げようとしたのを見て、つかさず話しかける。


「俺、持つよ」


「いいの?ありがとう」


 少しでも頼りになるところを見せたいと思い、日用品が入ったバックを持ち、食料品エリアへと向かった。




 食料品エリアに着くと島内さんはスマホを取り出して、スマホに書いてあるメモを見ながら買い物を始める。


 じゃがいも。

 人参。

 玉ねぎ。


 その組み合わせを見た瞬間、思わず口を開く。


「今日の夕飯ってもしかしてカレー?」


「うん、そうだよ」


 島内さんは振り返り、嬉しそうに笑った。


「鈴木君ってカレー好き?」


「好きな食べ物TOP5に入るほど、好き」


「そうなの、駿君がいいって言ったならの話だけど、一緒に夕飯食べる?」


 それを聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。


 一瞬、本当に聞き間違えたかと思った。


 島内さんと。


 一緒に夕飯。


 頭の中で何度もその言葉が繰り返され、油断していると、変な表情になりそうだった。



「本当にいいの?」


「駿君がいいよって言ってくれたらの話だけどね」


 その言葉だけで十分だった。


 直己は慌ててスマートフォンを取り出す。


(頼む、駿……。)


 親友へ送るメッセージを打つ指先に、自然と力が入っていた。


「今、駿にLINE送ったけど部活中だからまだ返信来ないと思う」


「分かった。それじゃ、私達は買い物を進めましょ」



 カレーの残りの材料などを手に取り、レジに向かう。


 その途中、駿からLINEが来ていることに気づき、返信を見てみると――。


『いいよ』


 たった三文字。


 それだけなのに、嬉しかった。



「駿からいいよって返信来た」


「じゃあ、夕飯も宜しくね」


「島内さんが作るカレー凄く楽しみ」


 思ったことが、そのまま口からこぼれる。


「私の作るカレーなんてそんな特別なものじゃないよ。だけど、鈴木君がそこまで楽しみにしてくれるなら、頑張るね」


 その笑顔を見た瞬間だった。


(……無理)


 思わず顔を逸らしてしまう。


 同時に、心臓が痛いくらい高鳴る。


 好きな人からそんな風に言われて、平静でいられる男子高校生がいるのだろうか。



「どうしたの、鈴木君?」


「ごめん、ちょっと目にゴミが入ったみたいで……」


 苦し紛れの言い訳を言った後、大きく深呼吸をして、なんとか自我を取り戻す。


「ゴミ取れたみたいだから大丈夫。心配かけてごめん」


「そんなことで謝んなくていいのに」


 その何気ない優しさが、また胸に染みる。


(……好きだな。)


 改めてそう思い、その気持ちは以前よりもずっと大きくなっている気がした。



 レジを済ませて、食料品が入ったバッグを島内さんが持とうとすると、つかさず話しかける。

 

「これも俺が持つよ」


「ありがとう。でも、もう一つのバッグ持ってもらってるから大丈夫だよ」


 少し考えて提案する。


「じゃあ、俺が食品が入ってる方を持つから島内さんは俺が今持ってる方を持つってのはどう?」


「それならいいよ」


 日用品が入ったバッグを島内さんに渡し、重い方である食品が入ったバッグを持つ。


 食料品の入ったバッグは思ったより重かったけど、不思議と苦ではなかった。


「ごめんね。気を遣わせてしまって」


「これくらい、全然平気」


「鈴木君って優しいね」


 その言葉に思考が一瞬止まる。


「いや……」


 口元が緩むのを必死に堪える。


「そんなことないって」


 照れ笑いを浮かべながら答えるのが精一杯で、あと少しで頬が緩みきるところだった。


 それでも。


 心の中は嬉しさでいっぱいだった。


 


 全ての買い物が終わり、駿の家へと向かう。


 買い物の序盤は会話が途切れ途切れだったけど、駿の家に向かう道中は不思議なくらい自然に言葉が続いていた。


 学校生活。

 部活。


 そして、駿の話。


 島内さんと並んで歩いたこの時間は、確かに二人の距離をほんの少しだけ近づけてくれた気がしていた。




 駿の家に着くと、結ちゃんが部活から帰って来ていた。


「おかえりなさい、美生姉さん」


「結ちゃん、ただいま」


「ところで美生姉さん、なんで後ろに鈴木さんが居るのですか?」


「今日、買い物に行けなかった駿君の代わりに手伝ってくれたの」


「へ、へ~そうなんですか~」


 そう話す結ちゃんの表情は明らかに、引き攣っているように見えた。


「結ちゃん、久しぶり。元気にしてた?」


「はい、元気にしてました。それよりも美生姉さん今日の夕飯はなんですか?」


 結ちゃんは俺の質問に対してはあっさり返したが、島内さんに対しては、興味津々に話していた。


「カレーだよ。それで明日は余ったカレーでカレーうどんでもいい?」


「大丈夫ですよ。私も手伝いますね」


「ありがとう」


 島内さんと結ちゃんがそのまま台所に向かった為、一人ぽつんと立ち尽くす。


 何もしないのは申し訳ないと思い、台所へと向かう。


「島内さん、何か手伝うことある?」


「そうだね~そしたら……」


「鈴木さんは茶の間で待ってて大丈夫ですよ。台所狭いですし」


 結ちゃんはにこりと笑っているけど、その笑顔の奥には別の強い意思が見えた気がした。


「でも、人数居た方が早く終わるじゃん」


「大丈夫です。カレーなので二人でやれば十分早く終わります」


 一切の迷いがない返事で、流石に観念する。


「分かりました……」


 仕方なく台所から退散することにした。





——直己が台所から去った後、美生は結に注意する。


◆◆◆


「結ちゃん、ちょっと強く言い過ぎだよ」


「……分かりました。今度から気を付けます」


 口ではそう言っているが、どこか納得しきれていない表情だった。


「因みに聞くけど、鈴木君と何かあったの?」


「去年、私が家から出ようとしたら、鈴木さんと鉢合わせして、その拍子に鈴木さんがビニール袋を落としたんですよ」


「うん」


「だから、そのビニール袋を拾おうとしたら、如何わしい漫画が見えて、驚きのあまり、叫んじゃいました」


「そ、そうなんだ…」


 結ちゃんからの言葉に、なんて答えればいいのか分からなくなる。


「私には男の気持ちが全く理解出来ませんよ」


「鈴木君が許せない気持ちも分かるけど、鈴木君自身、このことを反省していると思うから、もう少し優しく接してあげてもいいんじゃないのかな?」


 結ちゃんは少しだけ考えて、渋々という様子で頷いた。


「美生姉さんがそう思うのなら出来るだけそうします……」


 そう答えながらも、頬を膨らませており、内心納得していないみたいだった。

 


 しばらくカレー作りを続けていると、駿君が帰ってきた。

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