4-5 私の王子様
その日の夜。
駿はベッドの上で今日の試合のことを振り返りながら寝転がっていた。
◆◆◆
勝てた試合もあれば、悔しさだけが残った試合もあった。
そして何より、隆二と交わした約束。
新人戦では、必ず二人で代表になる。
その決意を胸の中で静かに噛み締めていると、不意にスマートフォンが震えた。
画面を見ると、送り主は果奈だった。
『今から電話しても大丈夫?』
果奈からそんなメッセージが送られてくるのが珍しく、嬉しさあまり、反射的に返信する。
『大丈夫』
送信した直後。
着信画面へ切り替わり、急いで通話ボタンを押した。
「果奈から電話なんて珍しいけど、何かあったの?」
「何かあったって訳じゃないんだけど、ただちょっと話がしたくて」
果奈は少し照れくさそうに笑う。
「実は今日、美生と一緒に料理の特訓してたの」
「そうなんだ、何を作ったの?」
「肉巻きときんぴら」
その瞬間だった。
頭の中に、あの日のお弁当が鮮明によみがえる。
見た目は完璧だった。
けれど、一口食べた瞬間に広がった、予想以上の塩辛さ。
「へ、へぇ……」
なんて返せばいいのか分からなくなり、ぎこちない返事になる。
「絶対今、前回の弁当のことを思い浮かべたでしょ!」
「そんなことないって」
「本当に?」
「本当に本当」
「でも大丈夫」
果奈の声色が少しだけ柔らかくなる。
「美生に教わったところもあったけど、上手くいったよ」
その一言に、胸が温かくなる。
「……そうなんだ」
少し間を置いてから、口に出す。
「美生の教えがあったとはいえ、二回目で出来たのは凄いと思うし、何より、果奈が俺の為に頑張ってくれたことが嬉しい。次に作る弁当、楽しみに待ってる」
嬉しさのあまり思っていたこと全てを果奈に告げる。
(……俺、何言ってるんだ)
急に恥ずかしさが押し寄せ、耳まで熱くなるのが分かった。
自分で言った言葉なのに、恥ずかしくなった。
そう言った後、果奈から言葉がしばらく返って来ず、少し不安になる。
「果奈、聞こえてる?それともそっちで何かあった?」
「なんでもない。次に弁当を作る時、楽しみにしててね。私、お風呂に入らないといけなくなったから、電話切るね」
あまりにも急すぎて、疑問に感じてしまう。
「それじゃあ、また明日!」
「えっ、あ……」
返事をするより少し早く通話が切れ、部屋には静けさだけが戻ってくる。
「……なんだったんだ?」
首を傾げる。
急に電話を切るなんて、果奈らしくない。
何があったのか少しだけ気になった。
——一方、その頃――。
果奈は通話を切ると、その場に固まったままスマートフォンを見つめていた。
「…………」
数秒の沈黙。
そして次の瞬間。
「もう~っ!」
ベッドへ勢いよく飛び込み、枕を抱き締める。
顔を埋め、足をばたつかせながら小さく悶えた。
(何やってるの私~お風呂なんてとっくの前に済ませてるでしょ)
勢いで口から出た嘘だった。
(それに私から電話かけたのに、私から一方的に切るなんて……やってること、最低過ぎるって)
思い返せば返すほど、恥ずかしさが込み上げてきた。
どうしてあんなに慌ててしまったんだろう。
少しだけ話したかっただけなのに。
もっと普通に話していたかったのに。
駿の最後の一言が、全部狂わせた。
(駿がいきなりあんなことを言うのもどうなのかと思う。しかも、駿がそういうことを言う時って、私が油断している時ばかりだし……油断していた私も悪いけどさ)
心の中で駿を責めた後、一つの結論にたどり着く。
(でも、そういうのを普通に言ってくれるところも駿のいいところなんだけどね)
自然と笑みが溢れ、心が温かくなった。
ようやく落ち着いて深呼吸をした、その時だった。
――コンコン。
部屋のドアがノックされ、返事をする間もなく、お母さんが部屋へ顔を覗かせた。
「ひゃっ!」
「そんなに驚くことないでしょ。もしかして、例の彼氏君と電話でもしていたの?だったらごめんね」
「ち、違うって!それよりもこんな時間にどうしたの?」
なんで駿と電話していたことが分かるの?と疑問に思いつつも、母親の話を聞くことにした。
「翔太がお姉ちゃんと一緒に寝たいって言って、なかなか自分の部屋で寝てくれないの。これから彼氏君と電話するなら無理にとは言わないけど」
「分かった。あと、いちいち彼氏の事を話題に出さないでよ」
「ごめんごめん、とにかく翔太の元に行ってやって」
「は~い」
リビングに行くと、翔太が眠そうにしていた。
「翔太、こんなところで寝てないで、お姉ちゃんと一緒に自分の部屋に行くよ」
「うん」
翔太の手を優しく引っ張り、そのまま翔太の部屋に向かい、ベッドへ並んで横になる。
「もう、小学生になったんだからお姉ちゃんと寝るのは完全に卒業しないと駄目だよ」
「嫌、まだお姉ちゃんと一緒に寝るもん」
そう言って、翔太はぎゅっと抱きつく。
翔太が保育園だった頃はほぼ毎日のように一緒に寝ていたけど、小学生になってからは週に二、三回ほどになり、これでも少なくはなっていた。
「もう、しょうがないんだから。今日はお姉ちゃんオリジナルの物語を聞かせるね」
翔太を寝かせる時はいつも物語を聞かせたり、子守唄を歌ってたりしていた。
今日の物語はシンデレラに似たような内容で、あっという間に読み終えると、つい欠伸が出てしまう。
「ふぁ……話をしているこっちが眠くなっちゃった」
翔太の方を見てみると、眠たそうに目を擦りながらも、まだ頑張って起きていた。
「お話……面白かった」
「ありがとう」
そう言って、翔太の頭を撫でる。
柔らかな髪を指先で優しく梳くと、翔太は気持ち良さそうに目を細めた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「なに?」
「お姉ちゃんにもお話に出てきたような王子様みたいな人って居るの?」
その問い掛けに、思わず動きを止めた。
頭に浮かんだのは、たった一人。
迷うことなく、駿の笑顔だった。
「……居るよ」
「その王子様ってお話に出てきた王子様みたいに強くてかっこいい?」
「うん。でも、お話に出てきた王子様みたいに戦いで強かったり、他のお姫様たちから好かれるほどかっこいいって訳じゃないの」
一度言葉を言い切る。
「私の王子様は普段はどこにでも居る普通の男の子なんだけど、私がピンチになると、お話の王子様よりも強くて、かっこよくなるの。だから私はその王子様が……」
「すぅ……すぅ……」
翔太はすっかり夢の中みたいで、最後まで聞かずに眠ってしまったらしい。
「おやすみ、翔太」
苦笑しながら布団を掛け直し、小さな頭を優しく撫で、部屋を出た。
自室に戻り、ベッドへ腰を下ろした途端、さっき翔太へ話したことが頭の中でゆっくりとよみがえってきた。
「……あ。」
数秒固まる。
そして。
「……っ!?」
声にならない悲鳴を上げながら、再び枕へ顔を埋め、足をばたつかせる。
(ちょっと待って…私、翔太に凄い恥ずかしいこと言ってない?)
悶いてしまい、なかなか寝付けない夜となった。




