4-4 もう1つの戦い
駿が激闘を繰り広げていた同じ頃――。
果奈は少しだけ緊張した面持ちで、美生の家へ向かっていた。
◆◆◆
今日は、美生にお弁当作りを教えてもらう約束の日だった。
前に駿へ作ったお弁当。
見た目は悪くなかった。
それでも味付けに失敗し、悔しさでいっぱいになったあの日のことは、今でも鮮明に覚えている。
もう一度挑戦して。今度こそ、駿に「美味しい」と笑ってもらえるお弁当を作りたい。
そんな思いが強かった。
美生の家に着き、インターホンを押すと、すぐに美生が出て来る。
「果奈ちゃん、待ってたよ。どうぞ入って」
「お邪魔します。夕飯よりの時間になってごめんね。お父さんの迷惑にならなかった?」
「ううん、大丈夫。果奈ちゃんは来週、県大会を控えているからしょうがないし、お父さんは今日は仕事で居ないの。色々と準備しているから、早速始めよう」
美生に言われるまま、台所に向かう。
台所にはまな板や包丁、調味料が綺麗に並べられていた。
「今日は何を作るの?」
「きんぴらと肉巻きを作ろうと思ってたの」
「肉巻きね……」
その言葉を聞いた瞬間。
脳裏に弁当を失敗してしまった時の辛い思い出が浮かぶ。
「ちゃんと教えるから大丈夫だよ。因みに前回の弁当の写真ある?」
「あるよ」
「見てもいい?」
「うん」
正直見返したくはなかったけど、スマホを取り出し、美生へ差し出した。
「見た感じはまぁまぁ上手くいったんだけど、前にも言ったように味がね……」
「なるほど、始めてでここまで出来ていたら上出来だよ。細かなところと味付けが良くなれば大丈夫」
「本当に!?」
「本当に。駿君が驚くような肉巻きを作ろうね」
「うん」
はっきりと返事を返すことが出来た。
料理まず最初に合わせ調味料を作ることとなり、美生は大さじと小さじの説明を始める。
「小さじがこのくらいで大さじはこのくらいだね」
「分かった」
一つずつ確認しながら調味料を合わせていく。
慎重に。
丁寧に。
失敗しないように。
そして、合わせ調味料を完成させた。
「合わせ調味料出来たからここに置いておくね」
「待って果奈ちゃん、味見はした?」
「ちゃんとやったよ。分量通りにやったから味はバッチリ」
「それなら、安心だね。そしたら、具材を切っていくから準備するね」
「分かった」
準備が終わった後、美生に見てもらいながら、具材を切り始める。
「こんな感じで大丈夫?」
「うん、上手く切れているよ」
初めて弁当を作った時も見た目は上手くいっていたこともあり、上手に具材を切ることが出来た。
具材を切り終え、アスパラガスを茹で上げる。
そのままアスパラガスを一本ずつ丁寧に肉に巻き付けて、焼く手前までたどり着く。
問題は、この先だった。
「後は焼くだけだね。焼く時、焼き色が付くまではあまり触らないでね」
「……」
視線は自然とフライパンへ向き、胸の奥がざわつき始め、もう一つのトラウマが頭を過ぎる。
「前回の弁当の写真見た感じ、上手く焼けていたから大丈夫だよ」
不安が顔にも出ていたみたいで、美生が励ますように話しかけてきた。
「実は前回、肉巻きを焼いた時に油の量が多すぎたみたいで、油が凄く跳ねてパニックになっちゃってね……」
「それでも、焦がさずに作ることが出来ていたから自信持って大丈夫だよ」
「それがね……私がパニックになっていた時、たまたま来たお母さんが対処してくれて、実質お母さんが焼いたって感じだったんだよね……」
「そ、そうなんだ……でも、焦がさずに出来たのは事実なんだし、それに今回は私がちゃんと見てるから安心して」
その言葉に、緊張が少しだけほどけた。
「分かった。ミスしそうになったら、指導お願い」
「勿論」
フライパンを火にかけ、油を適量入れ、ゆっくり全体へ広げる。
美生が隣で静かに見守っている。
「じゃあ、入れてみようか」
深呼吸を一つし、肉巻きをそっとフライパンへ置く。
――パチッ。
小さな音が鳴る。
続いて。
パチッ、パチッ。
油が跳ねる音が台所へ響いた。
その瞬間。
肩がびくりと震える。
「美生……」
思わず助けを求めるように名前を呼ぶ。
「本当に大丈夫なの?」
「ここで不安になってたら、他の料理出来ないよ。頑張って!」
「分かったよ~」
泣き言のような返事を返しながら、もう一度フライパンを見る。
肉巻きは少しずつ焼き色が付き始めていた。
大丈夫。
まだ焦げていない。
まだ失敗していない。
「よし……」
小さく呟き、ゆっくり肉巻きを返す。
「そうそう」
美生が嬉しそうに頷く。
「そのタイミング!」
裏面にもきれいな焼き色が付いていた。
「出来た……」
思わず笑みが溢れた。
「ちゃんと自分で焼けたね、果奈ちゃん」
「うん……ありがとう。美生」
その一言には、料理だけではない感謝が込められていた。
失敗した日の悔しさも。
もう一度挑戦する勇気も。
美生が隣で支えてくれたからこそ乗り越えられた。
その後。
初めてのきんぴらの調理をすることになったが、美生の教えもあり、苦戦せずに作り上げ、更に味噌汁も上手く作ることが出来た。
テーブルに料理が並べられ、食べ始める。
「いただきます」
少しだけ緊張した面持ちで、前回失敗した肉巻きを箸で持ち上げた。
一口。
ゆっくり噛む。
「うん、美味しい!」
思わず頬が緩む。
味付けもちょうどいい。
前回とは違う。
ちゃんと、自分が思い描いていた味になっていた。
「そう、私も食べてみるね」
その反応を見た美生も肉巻きを口にする。
「うん、程良い味付けといい焼き加減で美味しい。弁当に入ってたら、駿君も喜んでくれると思うよ」
「本当!」
料理が上手くいったことも嬉しかったが、それ以上に駿が喜んでくれるという言葉の方が嬉しく感じた。
一緒に作ったきんぴらと味噌汁も今回の料理会は成功に終わった。
帰り際、美生に改めてお礼を言う。
「美生、今日はほんとにありがとう」
「どういたしまして、私も果奈ちゃんと料理出来て楽しかったよ。今度またやろうね」
「うん。それじゃあ、お邪魔しました。」
玄関を開けると、外は雨が降っており、細かな雨粒が、静かに地面を濡らしている。
「嘘!?天気予報では雨降らないって言っていたのに…」
「傘借りる?」
「お願い」
美生が玄関にある傘を適当に取って渡す。
「ありがとう、明日返すね」
「そんなすぐに返さなくていいよ。果奈ちゃんが余裕のある時でいいよ」
「分かった。また明日」
「うん、また明日」
雨足が強くなり、傘を差していても、冷たい雨が肌を打つ。
それでも。
次はこの肉巻きを駿に食べてもらおうと考えるだけで、胸の奥は不思議と温かった。




