11-14 熱戦を忘れさせる甘い時間
迎えた昼休み。
駿は屋上の前の踊り場へと向かっていた。
◆◆◆
目的は果奈が作ったお弁当。
前回の果奈が作ってくれた時も楽しみにしていたけど、今日は体育祭。
ただその行事があるだけなのに、果奈が作ったお弁当を共に食べれることに少し特別な感じがした。
更に今回は新しく挑戦した料理もあるらしく、それを想像するだけで自然と口元が緩む。
午前中は競技に出たり応援したりで身体は疲れている筈なのに、足取りだけは不思議なほど軽かった。
それだけ楽しみにしていたのだと思う。
踊り場に到着して果奈を待つ。
一分。
三分。
五分。
近くにある時計の秒針が徐々に進むだけで果奈はやって来ない。
(待ち合わせ場所ここだったよな)
確認の為にLINEを見てみると、ちゃんと待ち合わせ場所はここになっていた。
(何か用事でも出来たのかもしれない)
そう心に言い聞かせるが、心待ちにしていたせいか、少しだけ落ち着かなかった。
数分が経ってようやく果奈が姿を現す。
「待たせてしまって本当にごめんね」
「大丈夫だけど、何かあったの?」
「……別に、そんなに大したことじゃないから気にしないで」
言葉とは裏腹に、何かあったようにしか見えなかった。
「…….そうなんだ」
気になるけど、無理に聞くことでもないと思い、気にしないことにする。
「それじゃあ、早くお弁当食べよう。果奈の作ったお弁当楽しみにしてたんだ」
「……う、うん」
二人で腰を下ろした瞬間、とある違和感が襲う。
果奈との距離が少し遠い。
普段だったら近すぎず遠すぎない安定した距離感なのに、今日は話は出来るものの、話をするにしては、少し離れているような気がした。
「果奈さん?」
思わずさん付けで呼んでしまう。
「……な、なに?」
「ちょっと遠くない?」
「……気のせいじゃないの?」
果奈が気のせいって言ったので、少し距離を縮めてみる。
だけど。
果奈は俺を避けるかのように移動し、距離は変わらなかった。
ここまで来ると、流石に気になるので質問してみる。
「もしかして、俺が何かした?」
心当たりないけど、気に触ることをやってしまったのかと思って聞いてみると、果奈は首を横に振る。
「…….違うの、実は」
観念したように小さく息を吐く。
「今日、汗拭きシートを忘れてしまってね。タオルでしか汗を拭いていないから、距離を少し置いたの……」
言い終える頃には顔が真っ赤になっていて、相当気にしているのだと分かった。
「だから、駿は悪くない」
そう言われても、果奈が作ったお弁当をいつもと同じ距離で食べたい。
そんな思いが胸の中で膨らみ、言葉となった。
「大丈夫、俺は絶対気にしないから」
「駿……」
「いつも通りの距離でお弁当食べよ」
果奈が寄ってくれるように、笑顔で優しく話した。
「……そこまで言うなら分かった」
そして、少しずつ距離を近づける。
「汗臭くない?」
「いつも通りだよ。だから気に――」
そう言おうとした瞬間、果奈から普段とは違う香りが漂ってくる。
だけどそれは、汗の臭いではない。
推測でしかないけど、汗に反応した柔軟剤と果奈自身の匂いが混ざったものだと思う。
いい匂いなのは確かで、意識してしまいそうになるけど、状況が状況なので、平然を装うのに、必死になる。
「やっぱり臭う?」
言葉を途中で止めたのを不可解に思ったのか、果奈から不安そうな瞳が向けられる。
「普段と変わらないから安心して」
実際は普段よりも強く香りが届き、正気を保つのに精一杯だった。
「駿がそう言ってくれるのなら安心した。お弁当出すね」
匂いと葛藤しつつも、果奈から弁当箱を受け取り、中身を開ける。
卵焼き。
漬け物。
肉団子。
ミニトマト。
彩り豊かかつ、動いて失った塩分も取れるバランスの取れたお弁当に、匂いのことは自然と頭から消え、その代わりに食欲が漲ってきた。
「美味しそう。最初は漬け物から食べてみるね」
漬け物を口にする。
程よいしょっぱさが汗をかいた後の身体に染み渡り、箸が進む。
「気に入ってくれてよかった。体育祭にぴったりだと思って作ってみたの」
「うん、このあっさりとしたしょっぱさが凄くいい」
そして、ミニトマト、肉団子と食べ進めていく。
本人には言えないけど、肉団子が少し歪な形をしていて、果奈の努力が伝わって微笑ましくもなった。
次に卵焼きに箸を向けると、果奈がそれを止める。
「ちょっと待って。卵焼きは今日作った料理の中で一番自信があるから」
覚悟を決めるように、一息置いて話し出す。
「私が食べさせてもいい?」
「うん、いいよ」
断る理由なんてなかった。
そう返した後、果奈は俺の口に卵焼きを近づける。
「あ~ん」
声を合図に口を開けて、卵焼きを味わう。
卵焼きはほんのりとした優しい甘さで、どこか果奈らしさも感じ、本人が自信があると言っていたのも納得がいく味だったし、前回の時よりもレベルアップしていたのが分かった。
「うん、凄く美味しい」
「私も味見したら理想通りの味で、駿も喜んでくれるって思ったから良かった」
果奈はさっき出来事がなかったかのような柔らかな笑顔を浮かべる。
果奈から香る甘い匂いと卵焼きの甘さに浸る甘い昼のひとときとなり、それらが重なって、この昼休みを特別なものにしていた。




