11-12 特別な体育祭の始まり
週末。
駿は学校に向かっていた。
◆◆◆
普段だったら、テニスバッグを肩に掛け、練習のことを考えながら学校へ向かうところだったが、今日だけは違う。
今日は体育祭。
赤、黄、白、青の四組に分かれて競い合う、一年で最も熱気に包まれる学校行事で、毎年白熱したものになっている。
見ているだけでも十分楽しいのに、今年はどこか違って感じていた。
今回は、恋人になった果奈が居る。
たったそれだけで、今までの体育祭とは違って見え、自分でも驚くほど特別だった。
待ち合わせ場所に着くと、既に果奈の姿があった。
「待たせて、ごめん」
「全然待ってないよ。朝からやることがあって、余裕を持って行動したら、思ったよりも早く終わって早く着いただけだから」
「やることって、女子だけ何か特別なことあったっけ?」
「違う」
果奈は少し楽しそうに笑い、バッグの中から袋を取り出す。
それを見た瞬間、何が入っているのかすぐに分かった。
「もしかして、お弁当?」
「うん」
果奈が嬉しそうに頷く。
その表情だけで、朝から頑張っていた理由が伝わってきた。
「今回は美生と一緒にやった料理以外にも挑戦していたものがあるから楽しみにしててね」
自信満々に話すので、大丈夫だとは思うし、前回の弁当は成功していたけど、ほんの少しだけ不安にもなる。
「安心して、味見とかちゃんとしてるから。最初の時みたいにならない筈だから」
そう言われると自然と不安も消えていく。
すると果奈は少しだけ視線を逸らした。
「あとね……体育祭の昼休みに好きな人と二人っきりで私の作ったお弁当を夢だったんだよね」
果奈の特別な相手として果奈の夢を叶える。
その事実がどうしようもなく嬉しく、『好きな人』その相手が自分なのだと改めて実感する。
学校に到着し、最終的な準備を終えると、体育祭が開幕した。
俺と果奈のクラスは赤組なのだが、今年は応援団の圧と熱気が凄かった。
「そこ!突っ立ってないで、ちゃんと応援しろ!」
応援団長の怒号がグラウンドに響き渡り、応援というより軍隊の指揮に近かった。
「どんだけやる気あるんだよ……」
いつもうるさい直己がそんな団長を見て、呆れたように呟く。
「まぁ、体育祭の時ぐらいだったらいいんじゃない」
やる気があるように応援すればいいと思い、これから始まる競技に視線を送る。
その競技とは、二年女子の100メートル走。
二年生の女子全員が参加する競技で、果奈は勿論、美生や岸さんも参加していた。
競技が始まってからすぐ、最初に姿を見せたのは岸さんだった。
岸さんのクラスは黄色組で、今回は敵同士であるが、心の中では普通に応援していた。
――パンッ!
ピストルの音と共に、走者が一斉にスタートする。
(速い)
その瞬間、驚きが身体を走った。
岸さんはスタートから頭一つ抜け出し、そのまま誰にも追いつかれることなく、見事一着でゴールした。
(岸さんって確かパソコン部所属だったよな……)
運動部相手でも十分通用する走りだった。
いや、下手をしたら陸上部相手でも引けを取らないかもしれない。
岸さんはそのまま順位確認の為、待機場所へ案内される。
たまたまその場所と応援席が近かったので、何気なく視線を送ると、視線が合った。
だが岸さんは慌てたように視線を逸らしてしまう。
(……?)
少し不思議だったけど、その直後に岸さんと同じ黄色組の美生が姿が見えたので、意識はそちらへ向いた。
――パンッ!
再びピストルの音が鳴り、同時に美生が走り出す。
本人は短距離走が苦手と言っていたが、それでも最後まで全力で走り切り、結果は四着だった。
そんな姿を見ていると――。
「ナイスラン!」
直己が大声で美生の走りを讃える。
「馬鹿!そんなこと言ったら」
「えっ、何が――」
「おいそこ!他の組を応援するな!」
案の定、団長の雷が落ちた。
「すんませんでした」
これには、流石の直己も怖気づくことしか出来なかった。
再び美生の方に視線を戻すと、こちらに気づいたのか、笑顔で小さく手を振っていた。
直己は硬直して反応出来ない状況なので、代わりではないけど、美生に見えるように、小さく手を振り返した。
競技は順調に進んでいき、果奈の出番が回ってくる。
本当は大きな声で応援したいけど、変に周りに目立つのもどうなのかと思い、心の中で精一杯の応援を送る。
(果奈。頑張れ!)
――パンッ!
競争が始まり、果奈は綺麗なスタートを決め、先頭に立つ。
(いいぞ、果奈!)
思わず拳を握る。
風を切るように走る果奈の姿から目が離せない。
そして、そのまま果奈は見事一着を取る。
「よっしゃ!」
嬉しさのあまり声が出てしまう。
「おい、駿。心の声が駄々漏れだぞ」
硬直状態から復活した直己にツッコまれる。
「同じ赤組の勝利を喜んでいるだけだから、別に大丈夫だろ」
「ぐぬぬ……」
そう言うと、直己は悔しそうな表情をした。
果奈が一位の待機場所に着くのを確認し、視線を送ってみる。
(気づいてくれるかな?)
そう思いながら送るが、反応してこない。
(やっぱ駄目か……)
諦めかけたその時――。
果奈がこちらを向き、一瞬だけ笑顔になり、小さくピースサインをした。
一瞬だけとはいえ、胸の奥がじんわりと温かくなる。
周りには気づかれない、俺と果奈だけが分かる小さなやり取り。
その特別感が嬉しかった。
体育祭はまだ始まったばかりだ。
だけど。
果奈と交わした、ほんの一瞬の視線とピースサインだけで、今年の体育祭はきっと忘れられないものになる。
そんな予感を乗せるように、爽やかな風がグラウンドを吹き抜けていった。




