11-7 トラウマと理想のパートナー
迎えた次の日。
駿はいつもよりも早く学校へと到着した。
◆◆◆
今日はダブルスの選抜戦。
前回の選抜戦で味わった悔しさは、今でも鮮明に覚えている。
あと一本。
あと少し。
そう思った瞬間に崩れたサーブ。
そこから流れを失い、勝利を逃した。
あの時の感覚は、今でも胸の奥に残っている。
だからこそ――。
今日は誰よりも早くコートに立ちたかった。
少しでも不安を消したかったし、少しでも自信を積み上げたかった。
そして何より。
同じ目標を見据えている隆二も、きっと早く来ていると思っていた。
練習着に着替えてコートへと向かう。
朝の空気はまだ少しひんやりしていて、肌を撫でる風が心地いい。
だが。
コートに到着しても、そこに隆二の姿はなかった。
(居ると思ったんだけどな……)
動きの確認などをしたかったけど、隆二が居なきゃ出来ないので、仕方なく一人で出来る軽い練習を行った。
サーブ。
フットワーク。
素振り。
身体を動かしているうちに、少しずつ緊張がほどけていく。
しばらくした頃。
ようやく隆二が姿を現した。
「やっと来たか」
そう言うと、隆二は怪訝そうに眉を上げる。
「やっとって、俺は毎回このぐらいの時間に来ているけど、何か文句あるのか?」
「別に文句はないよ。ただ、前回みたいに早練しなくても大丈夫なの?」
「大丈夫」
迷いのない声だった。
「この日の為にやれることはやって来たからな」
その言葉に嘘は感じられない。
積み重ねた努力への確かな自信が声から伝わってくる。
「隆二……そこまで言うのなら信じるけど、早練しなかったことを後悔すんなよ」
「浅村も慣れない朝練して、試合で本領を発揮出来ずに、後悔するなよな」
これからタッグとして戦うのに相応しくない会話なのは分かる。
けれど不思議と嫌じゃない。
むしろ、張り詰めていた緊張が少しだけ和らいでいく。
いつも通りの隆二がいることで安心出来た。
そして、ダブルスの選抜戦が始まる。
初戦をストレート勝ちし、そこから勢いに乗り、立て続けに勝ち星を挙げていった。
互いの動きが噛み合っていて、言葉にしなくても分かる。
今の俺たちは調子がいい。
三連勝で迎えた第四戦目。
相手は前回の選抜戦で俺のサーブミスがきっかけで負けた時の相手だった。
その時の光景が頭に蘇る。
サーブミス。
凍り付いた空気。
流れを失った試合。
そして――。
俺を信じてくれていた隆二の姿。
(絶対に同じ過ちを繰り返しはしない)
拳を握り、大きく息を吸って吐き、
心を整える。
「緊張しているのか?」
隆二が確かめるように聞いて来た。
「前回、このペアに負けて失速したから多少は……」
「俺も100%緊張してないって聞かれたら嘘だけど、それは過去の出来事なんだし、俺たちも強くなってる」
真っ直ぐな隆二の言葉が心に響いた。
「だから、絶対に勝てる」
――トンッ!
背中を軽く叩かれた。
たったそれだけなのに、不思議と身体が軽くなる。
「隆二の気合い伝わった。絶対に勝つぞこの試合」
試合が始まる。
均衡した試合になるかと思っていたが、試合の主導権を握ったのは俺たちだった。
俺が崩されれば隆二が拾い、隆二が前へ出れば俺が後ろを支える。
互いが互いを補い合う理想的なダブルス。
ここまで全勝してきたけど、一番しっくりいく試合だった。
試合は進み、1ゲームは取られたが、ゲームを連取し、勝利が決まるマッチポイントとなった。
俺がサーブを打つ番になり、構えに入る。
すると、途端に前回のトラウマが頭の中をじんわり広がり始める。
失敗。
絶望。
後悔。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫)
自分に言い聞かせ、トスを上げて、振り抜く。
――パンッ
鋭い球が相手のコートへ一直線に向かう。
しかし。
無情にもネットに引っかかり、打ち直しとなった。
(どうしよう)
じんわり広がっていたトラウマが一気に広がる。
また同じミスをするのではないのか。
それで、そのまま相手の流れになって負けるのではないのか。
圧倒していて、勝利まであと一本なのに、不安で押しつぶされそうになっていた。
そんな思いと戦いながら顔を上げると、視界の左側に隆二の横顔が映った。
前に居る相手だけを見ており、こちらに振り向く気配がない。
まるで、背中で『信じている。お前なら大丈夫』と、語っているみたいだった。
その無言の言葉が、何よりも力になった。
(ああ)
余計な力が抜ける。
もう迷わない。
トスを上げ、振り抜く。
――パンッ!
さっきよりも威力のある一球はネットには引っかかることなく、相手のコートに向かい、ライン際にバウンドする。
相手の一人が必死に取ろうとするが、届かず、球は再びバウンドした。
この瞬間、勝利が決まる。
思わず顔を上げると、隆二もこちらを見ていた。
俺は自然と笑い、隆二も笑っていた。
言葉なんて必要なかった。
俺たちは勝ったのだ。
この勝利で勢いに乗り、最終的に選抜戦を終え、一番手のダブルスとして出場することになった。
部活が終わった後の帰り道。
隆二と二人で帰ろうとしたが、祐希もそこに入ってきて、三人で帰ることになった。
「浅村先輩と辰巳先輩のダブルス、強くて手も足も出ませんでした」
「だけど、地区大会時の祐希ペアと比べればまだまだだし、反省点もあった」
「確かに、俺も大事な場面で決めきれないところがあったから、そこをどうにかしないとだし」
全勝出来たとはいえ、俺と隆二はこの結果に満足することなく、上を目指そうとしていた。
「先輩たち、凄いです。ついでに、一つ質問いいですか?」
「いいよ」
「もしも、全国大会常連の人とダブルスを次から組めるってなったらどうします?」
予想にもしなかった質問に内心驚く。
確かに、実力のある人と組めれば、より上を目指しやすくなる。
だけど。
すぐに答えは決まっていた。
「俺は組まない」
「組む訳ないだろ」
隆二も同じような意見を返す。
「まぁ、そうですよね」
隆二ならそう返してくるとは思っていたけど、改めてそう言われて、ペアとして嬉しかった。
しばらく歩き、祐希と別れて隆二と二人になる。
「本当に一番手になれたんだよな、俺たち」
「だけど、一番手になっても大会で勝たなきゃ意味がない。明日からの練習、更に頑張るぞ浅村」
あくまで地区大会の一番手になっただけで、本当の戦いはこれからだ。
「ああ」
そう言って、隆二に拳を向ける。
昨日は応えてくれなかった拳。
だけど今日は違う。
隆二は迷わず拳をぶつけてきた。
――コツン。
小さな音が響く。
それだけなのに、言葉以上に嬉しかった。
空を見上げると、夕焼けが広がっている。
昨日と同じ景色の筈なのに、今日は少しだけは眩しく見えた。




