11-4 この幸せが続けばいいのに
次の日の夜。
部屋の明かりだけが静かに灯る中、美生は一人、自室でゆっくりとした時間を過ごしていた。
◆◆◆
部屋の外から聞こえてくる生活音。
食器の触れ合う音。
廊下を歩く足音。
テレビの小さな音。
お父さんが家にいる証だった。
お父さんが転職する前は、この時間になっても家の中は静まり返っていて、自分の部屋だけが世界から切り離されたように感じる夜もあった。
だけど。
今はこの時間になると、お父さんが帰ってくることが多く、共に過ごせる時間が以前よりも増え、当たり前が少しずつ戻ってきている気がした。
それだけではなく、お父さんが前よりも明るくなったと思う。
鈴木君に告白されて以降、不思議なくらい物事がいい方向へ進み始めている気がする。
唯一申し訳なく思うのは、駿君の家へ泊まりに行くことくらいだった。
(このまま全てが上手くいけばいいな)
そんなことを思った時、近くに置いていたスマホが小さく震えた。
相手は睦美ちゃん。
睦美ちゃんは駿君を通じて知り合い、今では気軽に電話を掛け合うくらい仲良くなっていた。
「島内さん、夜遅くにごめんなさい」
「ううん、私も暇してたから大丈夫だよ」
「そう言ってもらえるとありがたい」
そして、他愛のない話で盛り上がる。
話題としては勉強や進路のことが多く、睦美ちゃんは県内トップクラスの国公立大学を目指しているらしい。
その話を聞くだけでも、本当に凄いと思うし、夢に向かって真っすぐ努力する姿は、どこか眩しかった。
だから私も、夢であるパティシエになる為に、改めて頑張ろうって思った。
そんな前向きな気持ちになりながら話していると、不意に睦美ちゃんの声が少し小さくなった。
「島内さん……少し相談してもいい?」
「うん、なんでも相談に乗るよ」
一瞬だけ沈黙が流れる。
そして、意を決したように口を開いた。
「実は……最近好きな人が出来たんだ」
驚きのあと、自然と笑みがこぼれる。
「そうなんだ、良かったね」
めでたいと同時に、果奈ちゃんから初めて恋の相談を受けた日のことが頭をよぎる。
恋を知ったばかりの果奈ちゃんは、毎日が輝いて見えるような声をしていて、話を聞いている私まで、胸が温かくなったのを覚えている。
きっと睦美ちゃんも、今そんな世界を見ているんだろう。
「私も出来る限りのサポートするよ」
「ありがとう。でも……なるべく一人で距離を縮めていきたい」
静かな声。
だけど、その奥には揺るがない決意があった。
「初めて知ったこの感情と真剣に向き合っていきたいから」
「分かった。それじゃあ、心の中で応援させてもらうね」
「それだけで、十分嬉しい」
「睦美ちゃんが良かったらでいいんだけど、どんな経緯があって好きになったの?」
興味本位のあまり、聞いてしまう。
「っ!?それは……」
一瞬だけ言葉が止まる。
それでも――。
「最初は話しやすい男子としか思っていなかった」
睦美ちゃんが静かに語り始める。
「だけど、交流を積み重ねていくにつれて、その人のいいところを知っていったし、助けられることもあった」
そして、結論にたどり着く。
「気づいたら好きになっていたし、一緒に居るだけでも、心臓がドキドキする」
その言葉は飾り気なんて何一つない。
真っ直ぐで。
優しくて。
だからこそ、響いた。
同時に、美生の頭には鈴木君の姿が浮かぶ。
あの時、鈴木君も同じような気持ちで、私に想いを伝えてくれたんだろう。
そう考えると、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「睦美ちゃんの想い、ちゃんと告げれば好きになった人の心にも届く筈。頑張ってね、睦美ちゃん」
「ありがとう、頑張ってみる」
その一言には、最初よりずっと力が宿っていた。
電話を切る頃には、時計の針はすっかり夜遅くを指していた。
ベッドへ横になり、天井をぼんやり眺める。
耳にはまだ、好きな人のことを話していた睦美ちゃんの嬉しそうな声が残っていた。
――誰を好きになったんだろう。
そんな疑問が一瞬だけ浮かぶ。
けれど、それ以上深く考える前に、瞼がゆっくり閉じていく。
部屋の外では、お父さんの小さな生活音が聞こえていた。
その穏やかな音に包まれながら、静かに眠りへ落ちていった。




