11-3 いつもと違う雰囲気と相談
一週間後。
駿は修学旅行のしおり作りの作業に取り掛かろうとしていた。
◆◆◆
前回、最終的に二人で作業をしていたとはいえ、俺が部活をしている時に、作業を進めてくれた。
だから今日はただ手伝い、岸さんに頼りきりになるのではなく、自分からも意見を出して、一緒にしおりを作り上げたい。
そんなことを思っていると、教室の扉が開く音がする。
振り返ってみると、岸さんの姿があった。
「岸さん、今日もよろしく」
いつも通り声を掛けると、岸さんは小さく肩を震わせた。
「浅村……私こそ、よろしく」
笑顔を見せてくれたけど、その笑顔はどこかぎこちなく、言葉を選ぶような間もあった。
少し気になったものの、体調が悪そうというわけでもない。
考え事でもしているのかと思い、気にすることなく作業を始める。
駄目元で案を出したが、意外にも取り入れられた部分が多く、驚いたのと同時に、より良いしおりになっている気がした。
作業は順調に進み、一旦休憩に入る。
「今日は普段よりも頭を使った気がする」
そう言うと、岸さんは柔らかく笑った。
「お疲れ、浅村が沢山意見を出してくれて、本当にやりやすかった」
「そんなことないって。岸さんから指摘された案も多かったし……」
「それでも、力になってくれたのは事実。私だけの考えじゃ思いつかない案だってあった」
真っ直ぐこちらを見る瞳。
その視線には、普段以上の強い想いが宿っているように見えた。
「だから、そんなに自分を謙遜しないで欲しい」
その言葉に、一瞬だけ返事ができなかった。
岸さんは我に返ったように目を逸らす。
「……ごめん、ちょっとムキになってしまって」
さっきまでの勢いが嘘のように、表情が曇る。
怒ったわけじゃない。
悲しんだわけでもない。
ただ、自分の言葉に照れてしまったようにも見えた。
いつもは冷静で、落ち着いていて、どこか一歩引いて周りを見ている人。
そんな岸さんが今日は、感情を隠しきれていない。
理由は分からない。
でも、その変化が嫌だとは思わなかったし、むしろ、俺のことを信頼していることは確かに伝わった。
「ありがとう、もっと信頼に応えられるように頑張るよ」
「……無理しない程度にね」
ほっとしたのか、安堵したような笑みを浮かべていた。
短い休憩が終わり、再び作業に戻ろうとすると――。
「そういえば、浅村の誕生日っていつ?」
「九月二十三日」
なんでこの質問をしたのか分からないが、秘密にしている訳じゃないので、話すことにした。
「そっか……」
それだけ言うと、岸さんは窓の外へ視線を向けた。
何か考えているような横顔。
(なんで急に誕生日なんて聞いたんだろう)
少しだけ気になったけど、深い意味はないのかもしれない。
そう思い直し、俺も再び資料へ目を向ける。
そこからの作業は順調に進み、次回から作成活動に入れるところまで来ることが出来た。
作業が終わり、岸さんと別れた後、果奈のところへと向かう。
今日の作業は、今までで一番充実していた気がするし、岸さんの考えに助けられるだけじゃなく、意見もしっかり形になった。
少しだけ。
本当に少しだけ、役に立てたのだと思えた。
自然と足取りが軽くなる。
けれども、一つの疑問が残る。
岸さんの雰囲気がどこか違う気がした。
話し方も。
笑い方も。
時折見せる表情も。
柔らかくなったような気がする。
もちろん嫌な変化じゃない。
むしろ、一緒に作業する相手としては、前よりも話しやすかった。
(この一週間の間に、何かいいことでもあったのかな?)
そんなことを思いながら、動く足を更に早めた。
その日の夜。
宿題を終え、自室でのんびりしていると、扉をノックする音が聞こえた。
扉を開けると、風呂上がりの結が立っていた。
まだ少し濡れた髪からはシャンプーの香りがふわりと漂う。
けれど、その表情はどこか硬い。
「兄さん、相談したいんだけど、少しいいですか?」
いつもの結らしくない少し緊張した声だった。
「いいよ」
部屋へ招き入れ、向かい合って座る。
兄として少しでも力になれればいい。
そんな思いで結を見つめた。
「何か困ってることでもあった?」
静かに尋ねると、結は一度だけ小さく頷き、覚悟を決めるように息を吸った。
「実は、同じクラスの男子から告白された」
その一言で、頭の中が一瞬真っ白になる。
(結が……告白?)
そんな日が来るなんて、考えたこともなかった。
「そうなんだ……」
「今、私が男子から告白されることなんてあるんだって、思ってたよね?」
図星過ぎて、なんて言葉を返せばいいのか分からなくなる。
「そんなこと思っていない」
「本当に?」
「うん」
なんとかこの場を切り抜けた。
「それで、告白の返事はどう返したの?」
結は眉を顰め始める。
「後日、私から返事を返すから待っててって言ったんだけど」
そこで結は視線を落とす。
「でも……どう返事をしたらいいのか分からなくて」
「結は、その男子をどう思っているの?」
その表情から、本気で悩んでいることが伝わってくる。
「一人のクラスメイトとしか思っていないので、好きとかはないです」
結の言葉を聞き、個人的な意見を話すことにする。
「俺は、断っても良いと思う」
「兄さん……」
「でも」
これだけはちゃんと伝えたかった。
「断る時はちゃんと丁寧に断るんだよ」
自分でも驚くくらい、その言葉には力が入っていた。
「相手の男子も勇気を振り絞って、結に告白してきたのだから」
俺も果奈に告白する時そうだったから、結に告白してきた男子の気持ちは痛いほど分かる。
だからこそ、その気持ちだけは大切にして欲しかった。
「大丈夫そう?」
「はい」
結は柔らかい笑顔で答えた。
「兄さん、今日はありがとう。頑張ってみます」
「うん、俺も応援している」
結が部屋を後にし、ベッドへと横たわる。
静かになった部屋。
あんなことを言ったが、告白をされる側になったことがない。
もし、自分が同じ立場だったらどう返事をするのが正解なんだろう。
そんなことを考える。
だけど。
俺は隆二みたいに格好いいわけでもないし、部活で目立つスターでもない。
だから、告白される側になることなんてないと思い、これ以上考えるのを辞めた。




