11-2 想いが行きつく先
次の日の放課後。
睦美は修学旅行のしおり作りを進める為に、空き教室へと向かっていた。
◆◆◆
週に一回の当たり前となっているが、今回は少し違う。
浅村が来ない。
しかも、そう提案したのは私自身だった。
作業が順調に進み、一人でも進められるくらいになったのと、私が所属しているパソコン部と違い、浅村は来月に部活動の大きな大会を控えてる。
少しでも練習に集中してほしい。
そう考えて決めたことだった。
だから、この判断は間違っていない。
その筈なのに。
教室の扉を開けた瞬間、胸の奥が小さく揺れた。
いつもなら先に来ている浅村の姿。
机に広げられた資料。
『お疲れ』と交わす何気ない一言。
そのどれもが今日はなく、教室には静けさだけが広がっており、その光景を見て、自然とため息が出る。
(なんで、寂しいって思っているんだろう。私)
自分でも理由は分からなかった。
席に着き、作業を始める。
やることは変わらないのに、今日は妙に音が耳へ入ってきた。
廊下から聞こえてくる生徒の話し声。
窓の向こうから響く、野球部の打球音。
どれも学校では当たり前の音で、普段なら気にも留めない。
なのに今日は、その賑やかさが、余計に一人でいることを意識させた。
気を紛らわせるように作業へ集中する。
けれど、集中しようとするほど手は止まり、同じ場所を何度も見返してしまう。
「あ……」
小さなミス。
またやり直し。
普段なら簡単に終わる作業なのに、今日は思うように進まなかった。
次に時計を見てみると、普段作業を切り上げる時間が近づいていた。
(こんなことになるなら、私も部活すればよかった……)
そんな後悔が頭を渦巻き、何もかもが嫌になっていく。
その時だった。
――ガラガラッ。
静かな教室へ扉の開く音が響き、反射的に振り返る。
「浅村!?」
驚きのあまり、思わず立ち上がる。
「なんで……?」
浅村の姿を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
違う。
締め付けられたんじゃない。
張りつめていた何かが、一気にほどけた。
それが嬉しくて。
安心して。
でも、少しだけ照れくさかった。
「なんで来たの?」
「なんでって、作業している教室が明るかったから、手伝おうと思って」
浅村の何気ない一言がじんわりと心に沁みた。
「……ありがとう。だけど、いつも一緒に帰っている人に迷惑かけてない?」
「事情を言って、理解してくれたから大丈夫。それよりも、完全下校の時間になるまでに、いいところまで作業を進めよう」
「……うん」
浅村が作業に合流し、見慣れた光景が広がる。
今は、それだけでも嬉しくて心強かった。
一人では何度も滞っていた作業だったが、浅村が手伝ってくれたお陰で順調に進み、完全下校までに終わらせることが出来た。
帰り道。
夕暮れの道を浅村と並んで歩く。
夏休みの時は当たり前のように一緒に帰っていたけど、放課後の時にはなかったから新鮮だった。
更に今日は不思議と、浅村との会話がいつも以上に楽しい。
(この時間が、続けばいいのに)
そんな思いがふと心を過ぎるも、その気持ちに自分でも少し戸惑った。
そう思ったのも束の間、別れる場所にたどり着いていた。
「今日はありがとう」
「大したことないよ。俺も岸さんに任せっきりにしてごめん」
「浅村が謝ることはない。提案した私自身の責任」
最初から二人でやっていれば、こんなことにはならなかったし、浅村に迷惑をかけずに済んだ。
それに、あんな寂しい教室で一人になることもなかった。
気づけば、自分自身を責めていた。
すると浅村は、少し真剣な顔になった。
「岸さん一人の責任じゃない。一人で作業させてしまった俺にも責任はある」
その言葉が胸を打たれような感覚に襲われ、同時に鼓動が早くなる。
「今度からはどんな作業でも二人で着実に進めよう。それで、最高のしおりを作ろう」
浅村の前向きな笑みを見た時に、更に鼓動が早くなった。
どくん。
また一つ。
どくん。
浅村といると安心するし、一緒にいる時間が心地いい。
もっと話していたい。
もっと隣にいたい。
その一つひとつの想いが、点と点を結ぶように静かに繋がっていき、答えが心の中で浮かんだ。
"浅村が好き"
そう気づいた瞬間、急に顔が熱くなる。
今まで普通に見られていた顔が見られなくなり、慌てるように視線を逸らした。
「岸さん?」
不思議そうにする浅村に対して、私は平然を装うのに、必死になっていた。
「えっ!?いや、なんでもない」
「そう、なら良かった。それじゃあ、また今度」
浅村が歩き出そうとする。
このまま終わりたくない。
そんな気持ちが込み上げた。
「浅村」
「ん?」
「……今度からしおり作りする時、私の意見ばかりじゃなくて、浅村からも意見が欲しい。せっかく二人で作ってるだからさ」
言った後に、もっと言うことがあっただろうと思い、後悔する。
「分かった。今度からちゃんと意見を言うよ」
「……ありがとう」
「岸さん、また来週」
「うん、また来週」
互いに手を振り合い、それぞれ歩き出す。
浅村と別れた後の帰り道。
作業序盤の時みたいに、一人っきりになったけど、不思議と孤独感は感じなかった。
むしろ、薄暗いいつもの通学路が少しだけ明るく見えた気がした。
人を好きになる。
初めて知る想いに、感情がぐしゃぐしゃになったけど、嫌ではなかった。
(いつか、告白出来たらいいな)
そんなことを思いながら、家へと帰った。
空には、明るい星の光を弱めるくらいの薄い雲がかかっていた。




