遭遇
死を覚悟した上で抵抗してくる相手ほど厄介なものはない。いくら相手を殺すことができたとて、その結果こっちまで大怪我を負ったのでは割に合わないからだ。
盗賊の男はちらりと背後の部下を見た。この場を一番簡単に収める方法は矢で射貫いて目の前の女を殺すことだ。しかし女の雰囲気に圧倒されてなのか、部下は弓矢を構えてはいるものの、その手は凍り付いたように固まったまま呆然としている。
男が諦めて視線をエレノアへと戻した。ーーその瞬間、
「下がれ!!」
鋭い声と共に鋭い光が空気を走った。
「うぐぅ……っ!!」
「親分っ!!」
その光は盗賊の男へとぶつかると強烈な熱とともにその脇腹をえぐる。あまりの激痛に身体を折ってうめく男に、子分達は駆け寄ろうとして、
「うっ!」
「ああああ……っ!!」
再び走ってきた光に身体を貫かれて倒れ伏した。
部下達のその悲鳴になんとか盗賊の男は立ち上がろうと顔を上げる。そして地面に転がったままのサーベルを守護精霊としての姿に戻して呼び寄せようとして、
「動くな」
ひたり、とその首筋に冷たい物が押し当てられた。
槍だ。
槍の鋭い先端部分の刀身が、男の首に据えられていた。
その槍の刀身は熱をはらんでおり、ちりちりと男の産毛と皮膚を焼く。「動けばその首をもらう」
男はおそるおそる目の動きだけでその人物を見上げた。
そこには短い黒髪に切れ長な水色の瞳をした精悍な顔立ちの青年が立っていた。
(あれは……)
エレノアは突如現れたその男性に目を細めた。
「ロラン・グラッド……?」
「また会ったな、聖女」
そう言ってこちらを向く男はやはりいつかの夜に手当をした青年だった。
(そういえば、アゼリア王国から来たと言っていたか……)
確かに彼を拾ったのはこの森近く、リジェル王国側の場所だった。あの時の口ぶりからして彼は貴族。もしかしたら国境を守る辺境伯なのかもしれない。
しかし彼はエレノアの姿を見ると顔をしかめた。
「おまえ……っ、その傷っ!」
「それよりも彼らから速やかに武器を取り上げて無力化してくれ」
助けてもらっておいてなんだが、それどころではないのでエレノアはぴっと指さしてロランへと言った。
「なるべく早く」
「あ、ああ……」
やはり彼はお人好しな人間らしい。エレノアの無礼な物言いに戸惑いつつも慌てて背後へと指示を出した。
どうやら気づいていなかったが、彼の部下が数人背後に控えていたらしい。指示を受けた部下達がそれぞれ盗賊達を取り押さえたり、その守護精霊が暴れないように引き離してくれた。
エレノアはそれを確認するとすばやく盗賊達へと駆け寄った。そしてローズのことを黒いステッキへと変える。
「おい、なにを……」
そしてロランのかける声は無視して彼らにステッキをかざした。瞬間、そこから白い光が生まれ、その身体に刻まれた焼け焦げたような傷口が瞬く間に塞がる。
それを確認するとエレノアはすばやく他の盗賊の元へと向かい、同じように治療を繰り返した。
「おい!」
「……なんのつもりだ?」
無視されたことに怒鳴るロランと盗賊の男の声が重なる。リーダー格の盗賊の男の腹を最後に治しながら、
「治療をしているんだ」
エレノアは簡潔に答えた。それに盗賊の男は呆れたように半眼になる。
「いやだから、なんでだよ」
「なにが?」
「なにが? じゃねぇよ! なんで俺が間違ってるみたいな言い方してんだよ!」
いきり立つ盗賊男をじっと見つめ、しばらく考え込む。それにロランが呆れたように、「彼はどうして加害者である自分達を助けるんだと聞いているんだ」と補足した。
それにエレノアは唇をとがらせる。
「助けてない」
「いや、うん。きみの主観がそうであることは認めるが、客観的に見て助けているというんだ、これは」
「…………」
「…………」
「お嬢さまぁ、そこはいったん飲み込んでください。話が進みません……」
無言でロランと見つめ合っていると、背後から声が飛んできた。ケイトだ。彼女はロランの部下達であろう男達に助け起こされながら、涙で鼻声になりながらそう促した。それにエレノアはため息をつく。
「『加害者』かどうかは関係ないよ」
「うん?」
「相手がたとえどこの誰であろうと分け隔て無く治療を施すのが医療従事者というものだ」
それこそ、『ヒポクラテスの誓い』にあった内容そのものだ。しかしその返答にロランは眉を寄せ、そして盗賊の男は奇妙な生き物を見るような目でエレノアのことを見てきた。
「頭おかしいんじゃねぇのか、おまえ」
そして盗賊はそう言い放った。
エレノアは憮然とする。
「いや、うん、頭がおかしいかどうかは置いておいて、とりあえず聖女、きみ自身の治療も早く行ってくれ」
ロランがその二人の喧嘩になりそうな気配を察したのかそう言って割り込んだ。その言葉にその場にいた全員がエレノアの姿を見る。
左肩に矢をぶっさし、右手を血みどろにして流れ出てきた血液で青いドレスを真っ赤に染めているエレノアの姿を。
その姿を自分で見下ろして、それからロランの顔を見て、エレノアは告げた。
「できない」
「は?」
聞き返すロランに、エレノアは神妙にうなずいてみせた。
「わたしの治癒術はわたし自身には効かない」
「は?」
「きかない」
「きかない?」
「うん、きかない」
お互いにしばし無言で見つめ合う。
その瞬間、エレノアの視界が急に暗くなり、頭がくらっと揺れる感覚を覚えた。
(あ、血を……)
流しすぎたか、そう思う間もなくエレノアはぶっ倒れた。
遠くに大声をあげる人の声を聞いたような気がした。





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