第6話「見えぬ人」
「なわけあるか、チクショー!」
寝ぼけ眼の教授を給湯室に押し込んだ悠介は、廊下で一人悶えていた。
「あの常春のーたりんのせいで、やっと入ってきたと思ったゼミの後輩は、百鬼夜行にて九割脱落。残った一割も、一週間で微熱、腹痛、ポルターガイスト!
そりゃ、呪われたゼミとも呼ばれるわ。
ハハ、アハハハハ――んにゃろうめ!
気付けよ、ゼミの異変に。明らかに異常事態だろうが。
困りましたねえ、じゃないっつーの!
もっと、もっとさあ、他に言うべき事があるんじゃないのか」
「例えば?」
「例えば――そう。今年はインフルエンザが流行っているんでしょうか、とか」
「インフルエンザでポルターガイストは起きないと思うけど」
「あーと、そうだな。皆さん、今年は大凶だったんでしょうか、とか」
「さっきより、論点ズレてきてないか」
「あ? えーと。だったら――ん?」
はた、と思う。
悠介は今更になって、自分が「誰」と会話しているのか知らない事に気づいた。
体は正面を向いたまま、ゆっくりと首だけ振り返る。
「…………あの、どちら様?」
「その質問遅くね?」
男は呆れたように肩をすくめた。
年はまだ二十歳そこそこ、ラフなパーカーにキャップをかぶっている。
どこにでもいそうな、ごく普通の学生だが、生憎と悠介の記憶にはない。
「只幸成。文学部四回生」
「はあ。で、その只さんが俺に何の用で?」
「まずは人が名乗ったのだから、そちらも名乗るのが筋じゃないか?」
只はピシャリと言い放つ。
今時、古風なやつだな、と悠介は妙なところで感心した。
「そうか、悪い。社会学部の藤谷だ。――で、ご用件は?」
只は一瞬、明後日の方を向くと、給湯室横の壁を拳でコツコツと叩く。
「ここの御仁に取りなしを頼みたい」
「教授に? あ、まさか、八幡ゼミに入りたいとか」
「断じて違う」
そう力強く否定しなくても。
悠介はちょっと落ち込んだ。
「詳しくはあとで説明するが、この大学の七不思議の件で相談したい事がある」
「七不思議?」
ちょうど悠介が問い質した辺りで、髪から水滴をたらして、ぬらりひょんみたくなった教授が現れた。
「藤谷君、お待たせしました」
「いえ、目は覚めましたか」
「はい。ちょっとスッキリしました」
教授はコクンと首を振る。
確かに、多少は目が覚めたようだ。
悠介は只の方を向くと、左手で紹介のジェスチャーをする。
「ちょうど良かった、教授。こちらの只青年が、教授に相談したいことがあるそうです」
「はい?」
「ですから、この只君が」
「――あの、私には、その。藤谷君の隣には、誰もいないよう見えるのですが」
………………え?




