第42話「同盟」
「そういえば」
悠介はつぶやいた。
「お腹、すいたな」
かろうじて被害を免れていた壁時計を見れば、ちょうど夜九時をまわったあたりだった。
教授の研究室に来てから、せいぜい一時間程度だと思っていたが、予想外に気を失っていた期間は長かったのだろう。
せっかく用意した柏餅も食べそこねてしまったし、鬼に追いかけられたりなんだりで、今日はくたびれた。
ぐぅ、と腹がなる。
それを見て、戸塚父が呆れとも賞賛ともつかないコメントをした。
「……将来、大物になるよ、お前」
「はあ。俺、一日五回食べないと倒れちゃうんで」
「運動部の高校生か」
そんなことはない。
高校時代は一日七食だった。
しかも帰宅部で。
と言い返したら、どんな顔をするのだろうなと思いながら、悠介は戸塚父のツッコミを黙殺する。
「でも……この時間だと学食も閉まってるだろうし。
マクドもなあ、遠いんだよなあ」
大学というのは大概広い土地が必要で、この日本で広い土地がある所など、不便で駅からほど遠い場所に決まっている。
当然、そんな辺鄙な所に店を設けても儲かるわけがないので、必然的に学生は駅前の栄えている方へ足をのばさなければならないのだ。
資本主義社会の小さな理不尽に、悠介はため息をつく。
「これから帰るわけにもいかないし。するとコンビニ飯か……」
「出前でも取ればいいだろうが」
「奢ってくれるんですか?」
戸塚父は「なんで俺が」とでも言いた気に、睨みつけてくる。
「でしょ? 奢りでもないのに、出前なんて割高なもの、貧乏学生が頼めるわけないじゃないですか」
「じゃあ、ウチ来るか?」
「貧乏学生に何言って……え?」
なんだって?
「この時間なら、ちょうど夕飯もできてる頃だろう。ウチのやつは、食卓の人数が一人二人増えようが、文句を言うようなケチな女じゃないしな」
「え、あ、いや。ちょっと」
「気にするな。男所帯だから、量が足りないなんてことはない」
「いや、そーゆうことじゃなくて」
じゃあ、どーゆうことなんだと問われれば、きっと答えに困るんだろうけど。
なんだ? なんでこうなった?
「雪菜の飯は美味いぞ、坊や。期待しとけ」
「はあ」
悠介の混乱をよそに、戸塚父はケータイを取り出し、電話をかける。
口調から察するに、相手は奥さんだろう。
「ああ。急で悪いんだが――え? いや、そんなこと気にすんなよ。適当で……ん? 明人の友達。そうだ、國宏も連れてくから。うん――ああ、よろしく」
折りたたみ式のケータイを、パチンと音をたててしまうと、戸塚父は告げた。
「決まりだ。許可が出たぞ」
「……俺、行くなんて一言も」
「行かないとも言ってないだろう。それに、飯を食わすためだけに呼んだんじゃない」
悠介は言外に問う。
それに気づいてか、気づかないでか、戸塚父は眠りこけている教授に近寄ると、その頭をパシパシと叩き始めた。
「坊やには、一時的に同盟に入ってもらう。――おい、國宏。起きろ、飯だ」
「同盟?」
教授を起こしながら、戸塚父は器用に悠介と会話する。
「ああ、同盟者にしか明かせない情報もあるからな。――俺が蛇神うんぬんを知っていたのも同盟からの情報だ。まさに蛇の道は蛇、ってやつだな」




