第43話「安穏」
面白くない冗談だ。
だけど、気にならないと言えば嘘になる。
悠介は尋ねた。
「同盟って、強制ですか」
「いいや? 来る者拒まず、去る者追わず。まあ、脱退者に守秘義務はあるけど、別に破ったって罰則があるわけでもないしな」
「じゃあ、いいです」
戸塚父がこちらを見る。
なんというか、すごく微妙な顔をして。
「頼むから、日本語は正確に使ってくれ。いいですって、良いのか、悪いのか」
「良い、の方ですよ。俺もあなた方に聞きたいことはあるし、逆にあなた方も俺に聞きたいことがあるんでしょう?」
同盟がどんなものかは知らないが、戸塚父の口振りからすると、情報交換が目的の一つではあるようだ。
これ以上わけも分からないまま、振り回されるのはゴメンだし、脱退も自由なのだというなら、拒む理由もない。
しかし、何より気になるのは、「誰が」門外不出のはずの蛇神の情報を漏らしたかということだ。
しかも俺が継承者だってことまで知られてるってことは、そもそも継承者がどんなものかってバレてるってことで。
ということは、下手すると「継承の儀」まで知られてるかもしれなくて……。
う。
うあぁ、ヤバい!
あんなモンが世間一般様に知れ渡ってたら、俺、恥ずかしすぎて生きていけない!
あああ、思い出したくもない、あの儀式!
女の子ならまだいい。――いや、女の子でも嫌だろうけど、でも、やっぱり男でアレはない!
藤谷家内々の秘密だから、これまで耐えてきたようなものを。
だああ、クソ!
どこの誰がどんな目的でバラしたのか知らないが、絶対見つけ出して、問い詰めてやる!
「……なに、一人で百面相してるんだ、坊や」
戸塚父の言葉にハッとなる。
「あ、いや。ちょっと宇宙と交信してました」
「電波か、お前は」
まあ、いいけどな。どうでも。と付け加えて、戸塚父はいつまでも起きる様子のない教授を蹴り飛ばす。しかし、それでも教授は夢の中だ。
あの人は一度寝ると、起きるという行為そのものを忘れるからなあ。
ん?
ちょっと待て。蹴り飛ばすだって!?
「ちょ、ナチュラルに何やってんですか! 思わずスルーしるとこでしたよ!」
「いちいちやかましいヤツだな。國宏はこのくらいじゃ起きやしねえよ」
「だからって、蹴り飛ばすことないでしょう!?」
悠介は慌てて、教授の蹴られた辺りを探る。
加減はされているのだろう。特にケガらしいケガはなかったが、それにしても心臓に悪い。
悠介は重く息を吐く。
「そんな乱暴にしなくても、教授を起こす方法はありますよ」
「あ?」
「見ててください」
訝しむ戸塚父を背に、悠介は教授の耳元に囁いた。
「教授、起きてください。妖怪ぬりかべが出ましたよ」
悠介の声はさほど大きくはない。
しかし、その一言で、教授の目がパチリと開いた。
「!?」
背後で戸塚父があ然としている気配がする。
教授は上半身を起こすと、辺りをキョロキョロ見回している。
「ぬり壁」
「教授」
「藤谷君、ぬり壁はどこでしょうか」
「……残念ですが、たった今消えてしまいました」
一瞬、教授は言葉の意味を飲み込もうと、悠介を凝視する。
そして三秒後、がっくりと肩を落とした。
「そうですか……消えてしまいましたか」
しゅんとするその様は、まるで雨の中の捨て犬だ。
自分でやっといてなんだが、悠介は若干、良心の呵責を覚えた。
ちょっと気まずくて、悠介は無理やり話題を変える。
「そ、それより教授。お腹すきませんか」
「そうですね。そんなような気も……たしか、朝は食べたと思うんですが」
「は?」
「ちょっと覚えてないですねえ」
――待て。意味が全然わからん。
確かに、教授だ。このトンチンカンで、人を思わずイラッとさせる回答は間違いなく本物の教授だが、本物なら本物で、また手間がかかる。
「え、えと……それは」
「國宏! お前、また昼抜いたのか。あれだけ一日三食は食えっつったろ!」
ああ、戸塚父、通訳ありがとうございます。




