第36話「罠」
悠介は寸前、教授もどきの服を掴み、なんとか倒れはしなかったが、足がガクガクして力が入らない。
立ち上がろうとしても、膝から下が思うように動かないのだ。
「な、何だ……!?」
全力疾走した後のような疲労感が襲う。
まるで誰かにエネルギーを吸い取られているかのように――。
「力が……入らな」
体が前傾姿勢を取っていく。
頭がクラクラした。
そんな悠介の手を振りほどき、教授もどきが鼻をならす。
「やっと効いてきたか。あんまり時間がかかるから、効いてないのかと思ったぜ」
悠介はぼんやりと見上げた。
ふと、鼻腔を甘ったるい香りがつく。
息を深く吸い込むと、肺の奥まで広がった。
どうやら香りの主は教授のようだが、何だろう。
ひどく――美味そうな匂いだ。
やみつきになるとううか……そう、例えるなら麻薬のような常習性を感じる。
麻薬なんてやったことないけど。
「変な……匂い」
「美味そうだろう? 八幡センセの妖怪フェロモン全開にしてっからな。蛇神の器のお前にはかなりこたえるはずだ」
教授もどきの言葉に悠介は納得する。
――そうか。
これが教授の「幽霊ホイホイ」の原因か。
確かに、この香りにつられて寄ってくる幽霊や妖怪がいたとしてもおかしくない。
近寄りすぎると力が抜けるというオプションがあるとは知らなかったが、それであのホエホエした教授でも襲われることなく、生き延びられてきた説明にもなる。
だが、と悠介は同時に考える。
なんで今、そんな事をする必要があるんだ?
フェロモンが効くのは幽霊や妖怪の類だけだろう。
自分は蛇神と半ば同化しているから効果はあるが、今攻撃をしているのは戸塚父――人間だ。
人間に効かなければ意味がない。
まさか俺を人質にするわけでもないだろうし……。
「……」
戸塚父は怪訝な表情のまま、攻撃の構えを続ける。
それでも先ほどのようにポンポン攻撃しないのは、自分と同じく相手の意図が読めないからだろう。
三者が互いに牽制し合うかのような、奇妙な睨み合いが続く。
――最初に沈黙を破ったのは戸塚父だった。
「……で、何がしたいんだ、お前は」
そう言われた教授もどきは一瞬、驚いたような表情をした。
だが次の瞬間にはクツクツ笑い出す。
「気づいてないの? こんだけ近くにいて」
「近く?」
「は。案外ニブいんだな、アンタら。ちっとは周囲に気を配ってみれば?」
「だから何を言って――」
ミシッ。
突然、壁が軋んだ。




