第18話「黒ずくめ」
慌てて悠介は振り返る。
三十代後半ぐらいのオッサンが、壁に寄りかかって立っていた。
黒のタートルネック、黒のスラックス、黒の革靴に黒いポニーテールと、完全に黒ずくしだ。
なまじ顔は悪くないだけに、余計胡散臭い。
「な、何ですか、アンタ」
「ん? 國宏から聞いてないのか」
「くにひろ?」
「八幡國宏。坊やンとこの教授様だよ」
「ああ、教授の……」
やはた、くにひろ。
八幡、國宏。
――八幡國宏教授!
「え、きょ、教授のお知り合い、ですか!?」
「おいおい、自分んとこの教授の名前くらい覚えておけよ」
「い、いえ、その、忘れてたとかじゃなくて……っ」
悠介は急いで釈明する。
そう、決して教授の名前を忘れていたわけではない。
しかし、教授より十は年下であろうこの男が、まさか教授を下の名で呼び捨てするとは思わなかったのだ。
「ちょっと、その、普段教授の名前、言ったりしないので、ピンとこなくて」
「ふうん?」
両腕を組み、男は上目遣いで笑う。
何もかもわかってますよ、と言わんばかりだ。
「ま、いいけど。考えたら、アイツがそこまで気が利くわけないしな」
「はあ」
「じゃあ、改めて。お久しぶり、藤谷悠介クン。いつも愚息がお世話になっています」
男は細い長身を折って、深々と頭を下げる。
今までの態度から一変した丁寧な動作に、思わず悠介はつられて礼をする。
「あ、いえ。こちらこそ、息子さんにはいつもお世話になっています」
ん?
待て、藤谷悠介。
今のやりとり、実はツッコむ所が山ほどなかったか。
なんで俺の名前、知ってんの、とか。
はじめましてじゃなくて、お久しぶり、とか。
愚息って、息子のことだよね、とか。
「……えーと」
どうしよう。どこからツッコめばいいのやら。
「今後トモヨロシクオ願イシマス?」
「カタコトな上に疑問形になってるぞ、少年」
男は何が面白いのか、クツクツと肩を震わせていた。
「いやあ、息子って誰の事だぐらい聞かれるかと思ったが、予想外の反応が来たな。……クク、よろしくか。こちらこそ、末永いお付き合いをお願いしたいね」
オッサンはあごひげをいじりながら、こちらを舐めるように覗いてくる。
悠介は思わず後ずさった。
「あ、いや、さっきは勢いで言ってしまったけど、そんなにヨロシクしたいわけでは」
「心の声が漏れてるぞ、坊や」
「あ」
悠介はつい間の抜けた声を出してしまった。
それを見た男は盛大に吹き出す。
「なんか……話に聞いてたのと違うな。結構天然?」
「なんですか、天然って。教授じゃあるまいし」
「はは! 言うねえ、気に入った。坊やは一見真面目そうだが、実は面倒くさがりで口が悪いんだな」
な、なんでわかるんだ……まだ会って五分もたってないのに。




