第13話「人鬼」
片眉を吊り上げて、只は犬歯をむく。
嘲笑だ。
ああ、やっぱりコイツ、楽しんでやがる。
「七不思議に、夜中トラックを走る陸上部の霊というのがある。知ってるか」
「ああ」
つい先ほど戸塚と話したばかりだ。
悠介はうなずく。
「それは俺だ」
「は!?」
「俺だけじゃない。開かずのトイレ、血溜まりの井戸、深夜流れるベートーベン、引きずり込まれるプール、増える階段――諸々の七不思議に関わる霊たちが、今、大学中を歩き回っている」
「……」
「ま、歩き回るだけなら、大したことないんだけどな」
そう言って只は何故か、右腕の袖をまくった。
「それは――っ!」
悠介は驚愕した。
只の右腕は、赤黒い筋肉が盛り上がり、濃い体毛と、長く鋭く伸びた爪が、それが獣のもつものであることを示している。
そう、これは。
「鬼の腕!?」
「ああ」
「お前、人鬼なのか!」
只は袖を元に戻す。
「正確には、なりかけ、だ。今はなんとか右腕だけに抑えているが、保って今日一日だろうな」
悠介には、言葉も出ない。
鬼、というのは、一般的には頭の角や金棒、虎柄のパンツを履いた妖怪の一つだと思われているが、それは鬼の一部でしかない。
もともとは、鬼の語源である「隠」という字からも分かるように、目の見えないものの総称だ。それが転じて、この世ならざる力の持ち主、異界からの来訪者、もたらされた災厄などを意味するようになった。
西洋でいう「悪魔」と似たような概念だ。
要するに、なんかよく分かんないけど、強い力を持った悪者は、まとめて鬼扱いなのである。
そんな鬼には、当然種類がある。
仏教系、神道系、中国系、いろいろあるが、人鬼はその中でも、最も身近な鬼だ。
人が、鬼と化したもの。
一言でいえば、それが人鬼である。
憤怒、未練、絶望、後悔、嫉妬、執着、欲望――そういった感情が暴走し、やがて肉体が強固なものへと変質し、最終的には人外の存在となる。
化け物だ。
始めは人間だろうが、完全に鬼と化してしまえば、理性も何もない。
ただ、感情のままに破壊と殺戮を繰り返す化け物なのだ。
悠介は身震いした。
只は言った。
「俺だけじゃない。――諸々の七不思議に関わる霊たちが、今、大学中を歩き回っている」と。
おそらくは先ほどの少女も、元は七不思議に出てくる霊か何かだったのだろう。
もし、その霊が……ことごとく人鬼と化したとしたら。
それらが、突如人を襲ったとしたら……っ!




