9話 ダックス・ハルマン
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「────『異能』を持つ転移者。『弑逆の戦火』と恐れられた魔法使いの子孫。オロク教の神父……なるほど。この三人で……まあ、なんだ、思ったよりも、いや。考えていた通り、話題には、事欠かなそうだな? な、ガレクセン……」
ダックスさんの強引な介入によって計画を果てしなく歪まされたバード帝王。眉間にしわを深く作りながらも、なんとか体面を保とうとしている様子に涙が出そうだ。
「陛下。今からでも我ら帝国騎士団に……」
「ガレクセンさん。この決定はすでに、オロク教の本部からも認可を得ていることです。おいそれと覆すことは」
「ぐむ……」
王に呼びかけられた側近。ガレクセンという男の発言を冷酷にも遮るダックスさん。神父というと、人の話を聞くのが仕事じゃないのか?
しかしこの人、謁見の間においても帝の傍にいて、この執務室での話し合いにも唯一立ち会っていることから、まさに腹心、というやつなんだろう。振り回されて可哀想だ。
「良い。お前が居なくなって、誰が都を守る? ダックス氏の申し出はな、我々にとってありがたい面もある。お前だって、騎士団を遠征させることの難しさは分かるだろう?」
「はじめ話が立ち上がった時は、それでもやるということでした」
「あの放蕩娘以外に適任がおらず、そしてあいつを縛り付けるには、騎士団くらいの重荷が必要だったというだけのことだ」
「しかしこの計画は……」
おお。俺たち三人で旅に出ることをダックスさんと報告しに参った次第なのだけれど、なにやら向こうで喧嘩が始まってしまった。どうやら前任である人物についての言い争いだが。気になって小声で隣に聞いてみる。
「……ダックスさん。放蕩娘って誰のことですか」
「第一王女。ファティナ・ルスワード様のことですね。かなり苛烈かつ奔放なお人柄で有名で、今は何故か他国の将軍になっているそうな」
「滅茶苦茶じゃないすか」
なにがどうなったらそうなるんだよ。
「コーセー」
「はいっ」
どうやら話がついたらしいバード王が俺を呼ぶ。意識が外れていたので声がちょっと裏返った。恥ずかしい。
「見苦しいところを見せてすまない……それと、礼がまだだったな。会ったばかりの私からの、荒唐無稽な頼みを……聞いてくれてありがとう。大聖女シエラに興味があるならば、僅かではあるかもしれないが、資料室の情報も提供させていただく」
「いや、そんな。こちらこそありがとうございます。衣食住の手配まで」
二日ほど城内の宿泊施設で寝食していたのだが、その後一軒家なんか用意されてしまい、俺は転移者であるというその一点だけで、貴族の如き生活をしているのだ。ありがたいがちょっと怖いぜ。
「では。前置きが長くなったが。“十壊器”についての情報共有をば。ダックス殿も。お待たせいたしました」
「いえいえ。そんな!」
口ではそう言っているが、本題を前にしてダックスさんの眼に光が宿るのを俺は見逃さなかった。戦争オタクが露呈しちゃいけないんだよな?この人大丈夫なのか?
「ええ、ゴホン。そもそも“十壊器”とは……」
バード王に指示を受けたガレクセン氏が、説明を始める。歴史に残る破壊兵器。人殺しの道具を集めるという任務。改めて考えると碌なもんじゃないけれど、今さら引き返すつもりもない。
2
“十壊器”。かつて漂流世界の南部、シタン州を統一するべく競い合った三国の戦いを終結に導いた、十の奇ッ怪なる非・人道的破壊兵器。
それらの銘と異名は、以下のように伝わっている。
一つ。“錬壊”ウルカン。原罪の炉。
二つ。“境壊”キングリード。王の手綱。
三つ。“建壊”エンレイア。沈める百面相。
四つ。“道壊”ラムダゲイズ。ものぐさの杖。
五つ。“律壊”フミナ。足取り軽い死神。
六つ。“回壊”カイギョウ。十文字切。
七つ。“謀壊”サージェイン。見知らぬ枷。
八つ。“密壊”リリペンテ。嘘をつく剣。
九つ。“血壊”ハテ。蠱毒の一糸。
十。“信壊”シズルム。最後の希望。
これらは三国が統一しシタン帝国が成立すると同時に、当時の君主と製作者・モルゼスによって、世界中バラバラに封印されたという。
土地を死なせ、民草を絶やし、負の感情ばかり生み出すこれらを、周囲の大国は恐れ、咎め、そして欲しがった。
────『新版シタン建国史』第六九頁───ー
3
「よ。話聞いてきたぜ」
「おかえり……ありがと……ダックス、も」
行きたくないとゴネて図書室で待っていたネルネリ。以前謁見の間に行った時、ガレクセンさんの視線は特に厳しかった気がするので、それが嫌だったのだろう。
「なんだか聞いていたのと違いますねえコーセーさん。もっと元気な方かと」
「いやあ、慣れたらそうなると思うんですけどね。この子はほら、ちょっと人見知りっていうかァ痛ッ!!」
いつの間にか斜め後ろに張り付いていた魔女が、腕をつねってきた。
「なに言ったの」
ダックスさんがいる手前、いつもより静かに攻撃してくるのがこいつの悪いところだと思う。俺の腕をつねる手を掴んで言い返す。好き放題させていては、今後の教育に良くないからな。
「なにって?」
「ダックスに」
こしょこしょ話の声量だったが、お構いなしに大声で返答する。
「こういうことしてくるやつだって。ありのまま全部言っちゃった!!」
「え!!」
今度は大きな声で驚く少女に、追い打ちをかける。
「そもそも! ダックス“さん”だろが!!」
「オロク教のやつなんかに!? 敬称を!? やだよ!!」
あ、やばい。ヒートアップして猫被りがなくなってきたのは良いけど、一線を飛び越えて発言の歯止めも効かなくなってる。これ宗教差別じゃないの?
「まあまあコーセーさん。気持ちはわかります。オロク教徒の多くは、魔法の個人使用に良い顔をしないですからね」
「にしたってですね」
「あとね、敬語を使われないこと。私はむしろ嬉しいんです。コーセーさんもむしろ、砕けた口調で喋ってください!」
「いやそういうわけにも……てか気まずいっす」
「でもコーセー。本人がこう言ってるよ。だいたい社会経験ないやつのヘタクソな敬語なんて、聞くに耐えないんだから」
「えっそんな酷いこと言う」
「そうですねえ。コーセーさん。ネルネリさん。よければ、私に自己紹介でもさせて頂けませんか。話が終わる頃には、ネルネリさんは私に慣れ、コーセーさんも気安く話せるようになること請け合いですよ」
そういえばダックスさんとネルネリは初対面だ。それに、俺にしたって、この人については何かおかしいマニアの神父、くらいの知識しかないので、単純に興味深い。
「ぜったい慣れない。ぜったい慣れない。ぜったい慣れない……」
隣でぶつぶつ言っている少女は、どうやらそうでもないらしいが。
4
「まずですね。私はドドイデアという国で生まれまして。コーセーさん。ここがオロク教の総本山です」
「そこが窮屈で、シタン帝国に来たって話ですよね?」
「ええ。三年前のことです。で、なにが窮屈だったかというと」
「はい」
「人気すぎたんですね」
「え、帰っていい」
「もうちょっと待とう、な、な」
「泥の神エン。私の身に刻まれた《徴》が、それを想起させると言われましてね」
「ガルドルって?」
「理屈のない魔法、みたいなもんかな。魔力でできた傷とかに宿る力。コーセーの『ワイアーム』もそれだよ」
俺のささやかな問いに、すらすらと答えるネルネリ。魔熊の時もちょっと思ったが、こいつ魔法関連は詳しい。ただ、したり顔で解説してくるのがムカつくんだよなあ。とはいえ説明してくれるので、さらに疑問を投げかけてみる。
「俺のは『異能』って言われたけど」
「同じ」
「へー……?」
「見た目上に傷がない《徴》を『異能』と呼ぶんですよ。その多くが先天的なもので、内臓や遺伝子に刻まれているとか。心に刻まれている、なんて言う人もいます」
「きっと心だな」
「きっつ……」
ひどい。
「大概の《徴》はオロクの教会で後から刻むモノなので、コーセーさんとっても珍しいんですよ。私なんかまさに教会で儀式を受けたので、ホラ。こんな感じ」
神父が袖を捲ると、二の腕にタトゥーが入っている。海洋哺乳類……イルカ、に見えなくもない。これに俺の『ワイアーム』のような能力が宿っているというわけだ。
「あまりまじまじ見ないでくださいっ」
「キモいから照れないでよ」
「先天的な《徴》……『異能』を持つ人は、見た目に影響が出ることも多いせいで『魔人』と差別されていた時代もあったのです。ただ本質的には、ネルネリさんの言った通り。同じと言えますね」
「わかりやすい。ネルネリ。これくらい言ってくれないとわかんないわ俺」
「は!? 教えてあげたんだから感謝してよ!」
「てか俺、元の世界じゃ『異能』なんてなかったけど」
「転移者ボーナスじゃない?」
「そういうもん?」
「で、その《徴》のせいで、もう怖いくらい持ち上げられてしまって。本国でのあだ名は『化身ダックス』ですよ? 唆されて関係職について。あれよあれよと出世コースです」
「真面目な神父って感じじゃないもんね」
俺にご教示したことで気が紛れたのか、会話に参加し出した。すでに慣れてきているんじゃあないのか、こいつ? しかし、ネルネリと真逆な立場だけれど、なんというか、世間に道を塞がれていたという意味では、似ているかもしれない。
「ま、なってしまった今では、神父も案外気に入っちゃいるのですが……身動き取れなくてですね」
窮屈、という話に帰ってきた。
「しかしふと落ち着いて考えてみれば、いつの間にか身に余る権力を得ているじゃないですか? そこで、これを利用しない手はないと思いましてね」
「にしたって良いように使いすぎでしょ」
「ハハハ。いいじゃないですか。十数年ですよ? 踊らされて戦場に出たり、教会内の政治に利用されたり。組織のために色々してきてあげましたからね」
腕に自信があるという発言は、実際に戦地に出ていたことに裏付けされたものだったのか。宗教関連の戦い。酷くドロドロしていそうだ。
「こう言葉にしてみると、私はもしかすると、趣味の探求をしたい気持ちだけじゃなく……そうして失った時間を、取り戻したいのかもしれない」
その顔は笑っていたが、しかしうっすらと陰を帯びていた。戦争兵器への興味のために命懸けの旅へ赴く。そんな人間に自分は狂気すら感じたものだったけれど、当然だ。なにも裏がないわけがないじゃないか。俺は、自分にダックスさんを重ねていた。
「……わかります。俺も、転移の前は……寝たきりで。ずっと何もできなくて、唯一優しくしてくれた幼馴染にも、何も返せなかった。だから、今……その清算をしないといけない、と考える時があります」
「ハハ。そんなに気張る必要はないですよ。あなたはまだ若いんだから」
「何歳なの」
「三十三歳です」
「まあまあ若いな……」
「それで、コーセーさん。つまりね、敬語をやめてほしいというのは、分かったでしょう? 私の……『青春を取り戻したい』という、願望を満たすために必要なことなのです」
「その言い方はなんか……ちょっと嫌かも」
「上下があっては、私はいつもの、教会で事務仕事をしている時や、信者からの相談を聞いている時の気持ちで、あなたと関わらなくてはいけなくなる。それでは、旅をする意味がないのです」
なるほど。よくわからんが、理屈は通っているかもしれない。
それに、ここまで言われて断るのも、なんだ。
「わか……った。ダックス。これからよろしく。俺もネルネリも、わかんないことばっかだからさ、あなたみたいな人がいると、すごくありがたい」
「ええ、ええ! 任せてくださいコーセーさん、ネルネリさん!!」
「え、ダックスは敬語のままなの?」
ネルネリが咎める。たしかにそうだ。
「もう癖ですからね。歳を取ると、人間変われないものです」
「三十三歳で変化を拒んでたら人間終わりだよ?」
「あんたの青春を取り戻す努力をこっちに全振りしないでくれよ」
「ゴホン。まあ、まあ、まあ。そんなわけで。今後の作戦会議がてら、ご飯でも行きましょうよ」
「え、わたしあそこがいい。西裏通りのステーキ屋さんの」
食いつきが早い。が、しかし。
「え、店内飲食大丈夫? 怖くない?」
屋台飯の購入を俺に全投げしてきたネルネリ。今ではそれが、対人への恐怖のせいだったと分かっている。レストランになど入れるのか。
「え、ぜんぜん大丈夫だけど」
なんとなくダックスさんの人柄がわかって、確かに少し距離が縮まった中、俺たちはネルネリを連れて、「肉料理ポント」へ向かうのだった……たぶん、「大丈夫」ではないよな。




