10話 “信壊”シズルム
1
「ねえ〜。持ち帰りは? テイクアウト……」
「ほら言った。俺言ったからね。大丈夫かって聞いたからね」
「はいはい入りますよ。どうせ二人なんか、帝都にいる限りどこでだって人目につくんですから……」
2
「おいしい、おいしい」
五百グラムステーキ四枚目に突入したネルネリを、とうに食べ終わって生暖かい目で見る男二人。ダックスが遠い目をしている。今日は彼の奢りだ。
かなり上等な肉を使っているそうで、俺が今までネルネリに買った食べ物とは文字通り、桁が違う。
しかし、入店前はあんなだったのに。料理が来た途端目もくれず……こいつ本当は、すごく簡単なやつなんじゃないのか?
「……コーセーさん」
死んだ目のダックスが話しかけてきた。この人もこの人で、さっきまでは元気に料理に関するうんちくを語っていたのに。こんなにしょげちゃって。可哀想になってきた。
「転移者手当。もらったんですよね……?」
「嘘だろダックス……」
「忘れてください。冗談です。もう、今後のこと話しちゃいましょうか?ネルネリさん、まだ余裕そうですし……」
諦念を湛える微笑だった。
「あ〜……そうな。まずはどれを狙うかって話だよな」
「いや、それよりもですね」
「うん?」
作戦会議ということだったが。
「私たちパーティの名前、考えてみました」
「!?」
「『ダンジョン』の本場であるテオーやオルオットでは、冒険者という、危険地帯に潜入して資源を得る職業の方が、真面目にかなりの人数いましてね。彼らはまさに我々のような数人の集まりを『パーティ』と呼び、名をつけるのです」
「なるほど?」
「ですから、それに習ってみようじゃないかと……ちなみにシタン帝国から流出した元・騎士も、多くは冒険者になったと言われています」
「ええ……」
そんな形でこの国の哀しい過去に繋がってくるとは。
「あ、おかわりお願いします」
こいつはまだ食うし。
「まあ、細かい話はいいけど。でも確かに、名前はあったほうが便利だよなあ。俺は特別こだわりもないし、ネルネリもこんなんだし。ダックスの案でいいんじゃねえか。どんなの?」
「ええ! では、僭越ながら。私たち全員、うす暗い過去があって何かと『壁』を感じてきた人間でしょう?」
まあ。確かに。俺も、病で動かない身体。変わり映えしない白壁に、不自由を強く感じていた。だが、しかし。
「そんな切ない由来で決めるの?」
「なので、単に“牆”というのはどうですか」
「渋すぎ」
おかわり待ちのネルネリが噛み付いてきた。
「まあでも俺はほんと、なんでもいいからなあ。記号だろ、記号。ネルネリは他にあんの?」
「え……!」
数秒の沈黙の後、魔女が口を開く。
「……デスポイズンヘルフレアドラグーン……?」
「じゃあ、“牆”で」
3
やけ食いするネルネリを傍目に、俺とダックスは予定していた議題へ突入する。
「えー。“十壊器”はその名の通り十個あるわけですが。居場所が分かるものは六つ。その内『エンレイア』はすでに回収済みで国内に保管されており……」
「え、そうなの?」
「はい。私も見たことがありますが、美しい流線形をしていました……どうせなら液体金属という性質も見てみたかったのですが、残念……」
「あーあ。コーセーが変なスイッチ入れた」
「俺が悪い?」
「あ、失礼しました。それでですね、あとの四個は他国の管理下に置かれているか、途轍もなく危険な場所にあるか。なので、現状での入手は難しいでしょう」
「え、そんなの取ってこいって無理ゲーじゃね?」
「なので、狙い目は実質的に一つとなります」
「……まあ、ポジティブに言えば、考える余地がなくて楽だな?」
「それが一連の破壊兵器のうち最後に造られ、そして最初に戦史へ現れた“十壊器”。最後の希望。最強の盾────」
『“信壊”シズルム』です」
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「へえ、最後の希望っていうと、なんか素敵だなあ。その『シズルム』なら、わりかしゲットすんのも簡単なのか? あーいや……でもそれだったら、誰かに奪われちゃいそうなもんだ」
「うーん……難しいですね。まあ言ってしまうとこの盾は、敵対国へ、プレゼントするために造られたのですよ」
「なに、それは?」
初手から様子がおかしいが。
「せっかくの最強の盾なんでしょ? どうして敵にあげちゃうわけ」
至極真っ当な疑問を、おかわり待ちのネルネリが投げかける。意外にちゃんと話聞いてたんだ。
「理由はいくつかありますが、ひとつは単に、外交的政策における交換材料にしたんですね。戦争が始まる二年前、この『盾』は何点かの高名な武器とトレードされたと伝わっています。友好の印として」
「二年後に戦争始まってるんだけど……」
「そんなものです」
「でも、すごい武器と交換ってことは、その……盾としての能力は、ホンモノなんだな。贈答用って言うから、もしかしたらそっち方面で問題アリなのかと思ったよ」
「ええ。間違いなくこの『“信壊”シズルム』は、史上最高の堅牢さを誇っています。本体の硬度はもちろん、強力な巨大結界を展開することで、国ひとつ守り切る防御壁にもなる……しかし欠陥があるというのも事実で、それが敵国に送り込まれた、最大の理由でしょう」
「もったいぶるねえ」
「うるさいらしいです」
「……うるさい?」
「はい。大きな圧力がかかると酷く形を歪めて、軋む音を立てる。それは女性の絶叫を思わせ、受ける攻撃の規模によっては、山二つ向こうの街でさえ安眠できないほどの音量だったとか」
「ええ……ネルネリでも寝られないんじゃないか?」
「変なキャラに仕立て上げようとしないでよ!」
「今にも壊れそうな、叫びをあげる盾。しかしその性能は他の追随を許さず……これ以外に他の“十壊器”……特に、“境壊”キングリードによる攻撃を防ぐ手段は、当時皆無だった」
「……そんなものに、依存せざるを得ない状況を作るのが目的だったわけだ。この盾を渡した側からしたら」
「その通りです。コーセーさん。それこそがこの『シズルム』の生まれた意義。『最後の希望』という異名の由来」
護ることで不安を煽り、人々の安心を壊す盾。ぜんぜん素敵じゃなかったな。戦争において士気の低下が大変な影響をもたらすことくらいは、俺でも知っている。
「なんか、その話を聞くと、いくらすごい盾だって言っても……あんま欲しくないね?」
俺もそう思う。分かっていたが戦争兵器。ろくなもんじゃないぜ。
「そもそもネタが割れていちゃあ、同じ使い方はもうできないだろうし。普通に盾として使うのも、どれくらいの力が加わると爆音を鳴らすのか分からないもんな」
「ええ。バレずに贈答出来たわけですし、ちょっとやそっとでは『叫ばない』とは思いますが。とにかく、そういった理由で放置されているわけですね。まあそもそも戦争自体が減ってきていて、今の時代の戦いは、魔獣の討伐やダンジョンの攻略が主体。守るよりも攻める重視。軽装ですぐ戦線を離脱できるのが大事。などの思想の変化もありますが」
「ふーん。まあでも良かったじゃんね? そんな需要がないようなものならさ、つまり手に入れるのはマジ簡単ってことだ!」
ネルネリは説明してもらったあれこれを一気に片付けて、結論を出してくれた。確かに、大事なのはその一点だ。マニアのダックスには悪いが、俺にとっての目的は大聖女シエラの痕跡であって、“十壊器”の回収はついで。武器にまつわる細かい事情など、「知らないことで起き得る」アクシデントを回避できるだけ、最低限あれば十分。「最初の仕事は楽なチュートリアル」。これさえ分かればそれでいいのだ。
「いや、それがそうとも言えなくてですね。曰く付きとはいえ、“十壊器”は伝説の兵器。入手しようとする者は、それこそ数年前まではちょこちょこいたんですよ」
「え?」
「……誰ひとり、生きて帰ってはいないそうです。『シズルム』の安置された『捨て子谷』では、今もたまに空を裂くような金切り声が聞こえるとか……」
「おっ……」
明らかに何かいるじゃねえか。
「なので結局は危険ですよ。コーセーさん。出立は二ヶ月後、という風に王に伝えてあるので、それまでに……訓練! 生き残るため! 頑張りましょうね!」
「えっ……」
冷や水をぶっかけられたような気分でフリーズする俺を前に、神父ダックスはニコニコである。
「明日朝四時集合!」
「おかわりお願いします」
「俺も! お願いします!」
こうなりゃヤケだと、ネルネリに便乗して現実逃避のために頼んだステーキ。食べきれなくて半分ネルネリに食べてもらったのが、すごく情けなかった。




