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漂流世界に打たれた杭  作者: 百葉箱覗き
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11/42

11話 トギメイ・アソカ

1


 魔熊に襲われ死ぬ思いをしたあの日から、早二ヶ月。ぼくはまた、彼らを馬車に乗せることになっていた。


 「あ、トギメイさん? もしかして今度もですか!」


 向こうからやってきたのは、白髪の三つ編みを揺らし、切長の目をさらに細長くして声をかけてくる青年。陽射しが長いまつ毛の陰を落としている。


 コーセー。このシタン帝国における要人にして、転移者。そして、異能を持つ男。

 以前この男を乗せた馬車を運転したのは、単に金に困ってのことで……周りにも何人かいた、危険だろうが客が誰だろうが、ってやつの中から選ばれた時は幸運だと思ったものだ。しかし……


 「え、ええ」


 自分より歳若い彼に、しかしなんとなく怯みながら返事を返した。おそらくはその浮世離れした容姿に。また彼の持つ背景、そして背負わされた国家的プロジェクトの大きさに……あるいは、そんな存在に関わるぼく自身の、今後にこそ、おびえているかもしれない。


 「よろしくお願いします! ……またネルネリのやつもいるんで、急に停めてくれ、なんてことがあると思いますが、ごめんなさい! 先に謝っておきます」

 「ああ、そんな。ぜんぜん大丈夫ですよ。あ、あと……この間は。ありがとうございました。お礼もろくに言わないで……申し訳なかったです」


 “牆(かこい)”。なにがしか事情を抱える者で構成される、“十壊器(じっかいき)”蒐集を目的とした組織。

 以前の「転移者とインヴィー」の組み合わせより、更に恐ろしくなっている。なにせオロク教の神父がいる。事故ったら首が飛ぶんじゃないか?

 ……だから、仕事の依頼が本部に来た時も、ぼくは知らんぷりをして、自分にお鉢が回ってこないようにと祈っていたのに。


 さすがに今度は、報酬が弾もうが引き受けようと考える奴はいなかったらしい。魔熊(まゆう)に襲われた話を同僚にしてしまった自分にも、落ち度はあるのかもしれないが。

 ……結局、ただの一度きりの仕事だったはずが、ぼくはいつの間にか、“牆(かこい)”担当にされていた。


 「え、知り合いですか。良かったですねえコーセーさん気心の知れた御者さんで! 長旅ですからね〜。トギメイさんでしたか。もうアナタも、我々“牆(かこい)”の一員ですよ! 今後とも、どうぞよろしく!」

 「いや別に気心知れたってほどじゃねんだけど……までもそうかもな、これからだって、最低でも三週間? 寝食共にするわけだから。うん。そうね?」


 前回よろしく粛々と仕事だけこなそうという甘い考えも、今目の前で微塵に砕かれているし。

 ────ダックス・ハルマンさん。この人だけはどうやら帝王ではなく、兵器の傷跡に祈りを捧げるという、教会の都合に振り回されているそう。神父様も大変だ。

 

 「もし、トギメイさん。荷物はこっちに積んでしまって良いですか?」


 そう言って巨大な鉄塊……おそらくは鈍器を運び込もうとする神父の姿に、思わず二度見してしまった。危険な任務。戦うための兵装を用意することに疑問はないが、しかしそれにしてもである。巨漢であるダックスさんの身の丈にも近しい大きさのそれは、教会の人間という神聖なイメージとはおよそかけ離れていた。


 「ねダックスめっちゃ驚かせてんじゃん。だからカバーとか買ったらって言ったのにさあ。ビビるってこれ裸のまんまは」


 後ろからだらだらと歩いてきた少女がぼくの動揺にフォローを入れる。ネルネリ・インヴィー。“弑逆(しぎゃく)の戦火”と呼ばれるこの人の冷徹なイメージが実は間違っているようで。本来かなり感情的な人間であることは、信じてもらえないと思い同僚にも話さなかった。昔は怖がってろくろく顔も見なかったものだが……よく見れば美人だよなあ。


 「ネルネリさん。そうは言ってもですね、武器というのはいざという時、即座に使えないと意味がないんですよ? 鞘から剣を引き抜くまでの間に仲間を失うなんて、戦場では当たり前なんです」

 「じゃあ荷台に入れるんじゃなくて、ずっと抱きかかえてなよ」

 「ハッハ! こいつは痛いところを突かれました。コーセーさん。魔法使いに我々戦士の心得を説いても、やはり全ては意味のないことなのでしょうか」

 「もうちょっと頑張って反論してみたら?」


 しかし自分からすると凄い立場の人間であるダックスさんがこんな扱いを受けているところに直面すると、なんとも筆舌に尽くしがたい気持ちになる。親しみやすいことも、神父の才のひとつということだろうか。


 「トギメイさん! 荷物入れ終わりましたんで!」

 「あ、はい、ありがとうございます。では、はい、私の方も、もう馬の用意は終わっておりますので」


 要人三人を乗せて長期間、馬車を走らせるのだ。気は進まなかったが……引き受けてしまった以上。ぼくも一人の御者として、時間をかけて、念入りに調整してある。深夜のうちに準備を終え、緊張で目が冴えたが、なんとか気合いで数時間寝た。


 「では、出発進行ですね〜!!」


 ダックスさんの景気の良い合図を受け、馬に鞭を入れた。


 これが今後も続く、“牆(かこい)”の運転手としての初仕事であるとは、この時は……いや。この時も薄々、思っていた。なにせ目的のものは、十もあるのだから。


 

2


 「御機嫌麗しゅう。シタン帝国帝王バード・ルスワード閣下」


 「モモヒキ殿。お忙しい中遠路遥々のご訪問、感謝いたします」


 突然の来訪に関して、謝罪はなかった。アダという大国の魔法部門、その重鎮たる魔法使い、モモヒキ。常に引きつったぎこちない笑みを浮かべ、一方で喋り口は慣れたピエロのように芯からふざけている。不快な男だった。


 「いえいえなんともないですとも。ほんの一瞬です。『転遺物(てんいぶつ)』を利用した空間転送装置の試験的な稼働が、つい先日に始まりましてねェ」

 「空間転送」

 「ハイ、所謂(いわゆる)瞬間移動というヤツですね、イヤハヤ時代を感じますなァ。ワタクシたちの若い頃には考えられなかったですよねェそんなの」

 「おお、アダの技術はさすがですな……!」

 「イヤイヤ、転移者が多いってダケの話ですよ、ハイ」


 現れるたびに一度は入る技術自慢。現代においてリブライトに現れた転移者や、転遺物(てんいぶつ)────転移者同様に異界から現れる、未知の力を持つ道具────の六割を掌中に置いているとも目される、異世界人天国、アダ。

 国の歴史自体はそう長くもないというのに、別世界に由来する技術を多数独占することで、実質的にこの世界の中心へと上り詰めた国。悔しいが、我が国との文化水準の差は、比較にすらなるまい。


 「ところで、本日はお一人で……」

 「そぉうなんです、まだ人一人を転送するのがやっとというところで、しかも片道でしか使えず、スミマセンが、帰路の手配はお願い致します。エエ」

 「それは、もちろん。すぐに。ところで、今回の御用向きは矢張り、“十壊器(じっかいき)”の……」

 「ハイ他にありませんでしょう。一度は頓挫しかけた計画がついに再始動!! めでたい! ということでコチラ、あの古王国エルフの地酒をね、エエ、御祝儀というやつで」

 「エルフ……八百年前に滅んだ国の酒を?」

 「エエ、エエ! ぜひバード王にと。我が君から仰せつかっておりまする。国庫にいくつもないレア物です。それだけ『期待』しておられるということでして……」

 「……」


 「あと二年と一ヶ月」


 初めてアダからこのことを打診されたのは、三年よりもう少し前だったか。ファティナの亡命があったために、何も進展なく時間を浪費してしまった。

 あと二年一ヶ月以内に“十壊器(じっかいき)”を揃え、献上する……コーセーを戦えるようにするための二ヶ月。必要な時間だ。それでも、私にとっては手痛いものだった。


 「持ち逃げされた『槍』を含めてです! ハイ。いま展示されてるのも、なかなか出来がいいレプリカでしたけどねェ」

 「……あ」


 なぜそのことを知っている、とは、言えなかった。「我が君には全てお見通しです」など、お決まりの台詞が返ってくるだけだ。「沈める百面相」とも謳われた魔槍、“建壊(こんかい)”エンレイア。たった一つ残されていたそれもあの狼藉娘に持っていかれ、進捗はゼロどころかマイナス。


 「できますか?」

 「……ええ、無論」


 他になんと言えば良いというのか。


 「アーその答えが聞けて良かった!! そうでないとワタクシの立場も、ねェ!」

 「……」

 「……ところで。ファティナ様に変わって任務についた方々」

 「彼らが、何か」

 「スバラシイ!! 王女が消え、これ以外ないという人選ですね。コーセーさんという転移者。イイじゃないですか!! なにがって、顔がイイですよネェ!! 貸し出した転移者感知装置がお役に立ったようで、何よりですよ!!」

 「その節は……」

 「それに、インヴィーの血族と“化身”ダックス・ハルマン様。あの二人以上の戦力を出すならば、ウン、バード王アナタか……アナタ!! 『二分(にぶん)のガレクセン』さんが行くしかなかったでしょうねェ」


 つまるところ、騎士団の質の低下について言いたいのだろう。ガレクセンの歯軋りの音が小さく聞こえた。戦争国家シタン帝国に対する侮辱として、これに勝るものはないのだ。


 「ア……そんな顔。スミマセンねェ。出過ぎたことを言ってしまいました。ワタクシの悪い癖なんですコレ。しかし、それだからこそ! 我が君の申し出を受けてくださったワケでしょう?」

 「その通りです」


 故にガレクセンをはじめ、この決定に思うところがない者は、この国の騎士にはいないだろう。私も当然、そのうちの一人だ。


 「アー……お祝いのハズが。こんな空気になってしまって。申し訳ございません。ワタクシはお暇します。それでは、少しばかり街を見てから……イヤ! 必要ないですね。オルオットまでの馬車をお願いします」


 しかし私はプライドを捨て国を取った。すなわち……“十壊器(じっかいき)”を見返りとした、アダによる────シタン帝国の、保護。言ってしまえば、実質的な属国化である。

 

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