12話 ヤスラ
1
「なあ……この道さ、なにか、見覚えがないか? 以前、どこかで……」
「なんで封印された遠い記憶を思い出しかけてるみたいな雰囲気出してんの? 途中まではこないだと同じ道だって、言ってたよね」
こないだ、というのは、俺が野盗パンクレスとかちあって、そこから帝都へ行くまでのことだ。
俺たちは今、“十壊器”……“信壊”シズルムを手に入れるべく、シタン帝国は南西の果て、捨て子谷へと向かう半ばにある。小窓から外を見ると、言ってしまえば、つまらない荒れ野が広がるばかり。
「そういえばコーセーさんは、ヤスラに転移してきたのでしたね」
「うん、そうなんだけど……俺あれなんだよ、隅の洞窟の近くでぶっ倒れてさ。起きたらもう出発してたんだよな。だから、どういう場所かは知らない」
「おお。良かったではないですか! 補給地点として、今度はしっかりと触れることができますよ!」
「つったってヤスラなんか、ぜんぜん面白くないけどね。なーんもなかったし。そもそも? 人が少ないっていうか」
「すごくワクワクを削ぐネタバレをしないで?」
「それはやはり、パンクレスという男のせいなのですかね? そこら辺のことも聞いてみたいですねえ」
「二人で楽しんできてくださーい。私は降りないから」
「おや、なんとも勿体無いですよネルネリさ……」
「ダックス!ダックス!」
小声で怒鳴ってダックスを静止する。ネルネリは俺の治療をした後、魔法で空を飛んで、集落まで助けを呼びに行ってくれたのだとか。だが、その際の住民たちの反応も好意的ではなく……要するにいつも通り、怖がられてしまうから嫌だと。
「ふむ……ですがですね……コーセーさん。いつまでもこうでは困るじゃないですか? 正直」
「え!!」
「まあ困るけど。そこは少しずつ改善していけばいいって、こないだ話したじゃないか? こいつだって、深い心の傷を負ってだな……」
「しかし、実際旅に出ると、やはり印象が違いますよ。駐留するたびにわがままを言われる煩わしさ。甘くみていました私」
「う……確かに……そうだな。ダックス。あんたが正しいよ。三日で人を十八回パシらせるようなお姫様に少しずつ、なんて……悠長すぎるよな」
「なに? なになのこの流れは?」
「ネルネリ。実は俺ら、おまえの教育方針に関する会議を、隠れてずっと行ってたんだよ」
まあ、嘘なんだけど。
「なにをしてるの!?」
「毎週火・木開催です」
「頻度高っ」
「最近の議題は、さすがに食事制限させた方がいいか、元が痩せすぎだからもうちょっと放置するか」
「余計なお世話すぎる」
「旅先だと隠れて、というのが難しいので、今後はオープンに実施させていただきます。会議は市井にも開かれているのが、テオー辺りでは常識らしいですよ」
「私は市井ではなくて被告人の立ち位置だよね?」
「おお〜いいねネルネリ。ライカが言ってたけどな、国の会議にしたって、民衆全員が当事者意識を持つべきなんだよ。その点おまえ、手前が被告人だなんて、そんな……ありがとう。自分ごととして、聞いてくれているんだな」
「うざっ」
景色は面白くないが、話し相手がいるのでけっこう楽しい旅路である。
2
「着きましたよ」
御者の声を聞き馬車を降りる俺とダックス。もうひとりはもちろん出てこない。分厚い本にかじりついている。
「ありがとうございます! トギメイさん。このあとどうします? 俺とダックスはとりあえず宿探しに行きますけど。そのあとは散歩」
「散歩だなんてコーセーさん! 違います! 集落に危険が潜んでいないか調査しに行くのですよ! 野盗だってまだ居るかもしれないんですからね!」
荷台に積んである手斧を拾いながら、話を続ける。ダックスの方は、やはりあのデカい鉄塊を……あ、また、引っかかって取り出しづらそう。“エンの鈍”と彼が呼ぶそれは、ドドイデアでは神器とも言われる貴重品だそうで、ちょっとの外出でも持って行っている。
用を足す際にも持っていこうとするのだが、取り出すたびに、荷台との衝突音がガンガンと聞こえてくる。ネルネリなんか、昨日はキレ散らかしていた。
「そうだな。調査だよな。悪い、悪い」
「ああ〜……僕は、馬と車の調整ですかね」
トギメイさんは、小さめの声でそう答えた。
「あー。そっすよね。んじゃ、宿決まったら言いに来ますんで! ネルネリも、もし出かけても、二時間後くらいには戻っといてくれよな」
「出かけないから大丈夫ー」
「あ、そう」
「コーセーさん。寝食は、厩舎に併設されている休憩所でしますから。お気になさらず……」
やっぱり、何歩か引いた感じだよなあ。もうちょっと、仲良くなりたいんだけど。
「ありがとうございます。じゃ、こいつ拾いに来るついでで、飯だけ持ってきます。てきとうに」
「すみません。お願いします」
「行きましょうコーセーさん!! 冒険が我々を待っていますよ!!」
3
「まずホテルな? お礼も言いに行きたいんだよ俺」
あの日パンクレスとのいさかいで倒れた俺を、渋々ながらにも介抱してくれたのは、この集落の宿屋のスタッフだったそうだ。
「もちろん。情報収集の場としても、人の集まる宿は定番ですからね! どんなきな臭い噂を入手できるか、今から楽しみですよ!」
「そんなこと楽しみにしないで?」
「あ、失礼。もちろん自衛のために。必要だから聞き取りをするのです」
取り繕えていない。
「しかしまああれだなあ。なんもねえなここは。住宅地の、端と端が見えているぜ」
枯れ木色の線が細い柵に囲まれた集落。現在はその東端、禿げかけた赤ペンキで「ヤスラ」と書いてあるのが、辛うじて分かる看板。それを前にしているところだ。視界には歩いている人は見当たらず、窓の閉め切られた家が多い。大丈夫?
「ヤスラは元々は、シタン州が統一されていなかった頃、西の国からの襲撃がないか監視する、見張り台の周りに出来た集落です。ほらあれ」
家々の並ぶ地区の一番向こう、つまり西側には、四階建くらいの高さの塔があった。
「あ、へえ〜。誰も見張ってないけど」
「時の流れですね。ちなみにその元・西の国というのが、次の中継地点である都市、カンカンズというわけです。そちらは海沿いということもあり、シタンで三番目くらいには栄えているので、楽しみにしておいてください」
「行ったことあんの?」
「ええ。仕事でたまに」
「なるほど……お、向こうのがそうかな」
「みたいですね。『宿場風来坊』。なかなか良さそうな雰囲気じゃないですか?ヴィンテージ、といいますか」
「うむ。いわゆる古民家的な。趣が。確かに。あるね」
それは殺風景な街並みにお似合いといえばお似合いの、古い宿であった。恩のある場所にこんな感想を抱くのは悪いが、風来坊なんて名前からはほど遠い、そこでただ朽ちていくだけという感じのボロい建物だ。しかし、まあ、落ち着いて寝られんなら、なんでもいいや。
そう思って宿まで駆け寄っていく途中、わきから「くうん」と声が聞こえる。
「……お、ワンちゃんじゃん」
大きなケージの中で飼育されている、何匹かの痩せ犬であった。どうやら、宿に併設された設備のようだ。
「かわいいですね?」
「うーん……かわいそうのが勝る」
彼らの不健康そうな落ち窪んだ目から視線を外し、俺は目的地の方へ歩みを進める。
ところどころささくれだって、割れた箇所から内装が若干見えている扉に手をかけた。
「ごめんください」
4
「いらっしゃいませ」
受付でさらりと挨拶したのは、四十代くらいの痩せた女性だった。威勢の良さを感じさせるでもなく、無愛想なわけでもない。ただ日常といった風な言い方だった。それはもしかすると、旅客が身を休める際、最も安心できる形なのかもしれない……いや、それはちょっと、いいように捉えすぎか。やる気があるわけでもないわけでも、というくらいだろう。
「こんにちはー。先日お世話になった者なんですが」
「わ……あなた確か……二ヶ月前くらいに。コーセーさん、でした?」
「ハイ。そうですそのコーセーです。おかげさまで、こんな元気になりました。ありがとうございます」
俺は殴られた痕のすっかりなくなったお腹をまくって、健在をアピールしてみる。
「ま、まあ。こんなに綺麗に治って。よかったわ。私、もう駄目なんじゃないかってくらい、思っていたのよ」
「骨も折れていたそうですが、私と会った頃にはもうほとんど治ってましたよね? 訓練中の打撲なんかも引きずりませんし。凄まじい回復力ですよ」
「ダックス。いくら体が丈夫でもな、恐怖や不安。心の傷はずっと残るんだ。もちろん感謝はしてるよ。でもな、俺がすごく辛かったってことは忘れないでほしい」
「平和ボケした世界出身の人間はこれだから困りますよ」
「ネルネリみたいなこと言わないで」
「! ……あの、ネルネリ……インヴィー様も、来ていらっしゃるのですか?」
「あ、ええ。あとで連れてくる予定ですが」
……多分、滅多なことにはならないだろうけれど。嫌な顔をされると、あいつがかわいそうだよな。俺に気づいた時も、一瞬カオが引きつっていたし。
「本当ですか! あなた方のいらした日以来、横暴をしていた野盗がいなくなり、私だけじゃなく、集落の者みな、あのお方には感謝しているのです! 何もないところですが、ぜひ! ゆっくりされていってください!」
「……」
俺は女性の発言に対し、何も答えることができなかった。急に大仰で、明るい声色を、わざとらしく、気持ち悪いと思ってしまったからだ。素直に受け取ればいいものを、そうしなかった。
聞いた話じゃ、あいつには、決していい顔はしなかったらしいじゃないか。それが、なんだって急に、手のひら返してるんだよ?
役に立ったから、か。今までも、お前らの出した廃棄物は、あいつが燃やしてくれていたはずだけどな。
「本人にも、伝えておきます。喜ぶんじゃないすかね。ところで、二部屋取りたいんですけど」
「ごめんなさい! はい。これとこれ。一階二階の角部屋だから。ごゆっくりしていってください……あ、あと」
「あと?」
「実害はまだ、その、そこまでではないのですが、ここ一、二ヶ月で、魔獣が……ですから、また、ネルネリ様に……!!」
その申し出のおかげで、俺はいくらか自分の中の不満を飲み込めた。なんだ、そうか。さらなる施しのために笑っていたわけだ。
大きく息をついてから、話を続ける。
「わかりました。頼んでみますね。詳しいこと、教えてもらってもいいですか」
「それは、もちろん! 少々お待ちください、メモ書きがありますので……」
そう言って奥に引っ込む女の背中を、俺はどんな目で眺めていただろうか。自分でも想像がつかない。
「コーセーさん」
「ん……?」
「わかっていますよ」
「なにがだよ」
「この件、私たちだけで解決してしまいましょう!」
「……別に、ダックスは休めよ。俺は一応、ここの人らには助けてもらったからで……」
「私はあなたに助けてもらいましたから。ね!」
「あのな」
「はい」
「ほんとは怖いから着いてきてほしかった!」
「もちろんそこまでわかっていましたよ! コーセーさん!」
俺の友人は、どうも察しが良いので……助かる。




