13話 魔犬
1
「トギメイさん。ネルネリ。お待たせしました。はいこれ。名物だって。犬の骨のフライ。なかなかいけるぜ。カッタいけど」
正直なところ、宿屋に併設されたケージ内の犬が食用だとは、俺は全く思いもよらなかったので、若干ショックを受けたものである。
しかも、肉ではなくこのように骨を食べる。見るからに栄養失調気味だったあの様子は、そうすることで骨をボロボロにして、人に食べられるくらいに調整するためだったのだ。 來夏によれば、日本でもかつて、犬食は普通だったそうであるが、犬鍋がどうのと言っていたから多分、まるまる肥えさせて、肉を食べていたものだろう。
個人的には、この犬の骨のフライは、フォアグラの作り方的なえげつなさを感じた。
しかし「そう?」とか言いながらバリバキベキといい音を鳴らしながら何本かずつ口に運ぶネルネリを見ると、うむ。ちゃんと食べ物なんだなあと思う。末恐ろしいやつめ。
「これ、必死で咀嚼しないと食べられなくないですか?すぐ満腹になりそうですね……味はいいですけど」
「ですよね!? 俺もダックスも二本でギブっすよ」
一方のトギメイさん。そうそう、これが求めていた反応だ。見習え。
「なあ、ネルネリ。部屋はとってきたけど、チェックインまで少しあるし、もうちょい待ってなよ。俺らは予定通り、遊んでくるぜ。時間近くなったらまた迎えくるから」
ホテルに行かすと、あの店主の頼み事がバレてしまうのでいけない。というか、この骨のスナック、常人であれば食べるのに一本で十分そこらかかる。硬すぎて。それを利用して足止めしようと思っていたのに。こいつ! ポップコーンくらいの感覚で口に放り込んでいやがる。怪物か────
「フィールドワークと言ってくださいね、コーセーさん。ほら。急ぎますよ!」
ダックスの声に急かされ、改めて住宅地の方面に向かう。魔犬狩りの始まりである。
2
「まず最初。一ヶ月半ほど前に食用に繁殖されていた犬の大量死が起こる……で、そこから家畜や作物の被害がちらほら……なるほど」
「エスカレートしてきてるんじゃなく、最初にドカンとあったのか。なんか変じゃね?」
「いえ、これは恐らく単純な話でしょう。最初だけは、犯人が別なのです」
「……?」
「まず、魔獣の仕組みについて知っていないと分からないことですから。説明するとですね、魔獣……今回の、I型魔獣と呼ばれる生き物は、肉体に刻まれた魔力的痕跡によって、暴走させられている動物を言います」
Ⅱ型もいるのか? ……まあ今はいいや。
「あれ、それってダックスとか俺とかと同じ」
「そう、《徴》ですが……重要なのは、魔法を使い怪我を負わせることで、人為的に魔獣化を引き起こすことができる点」
「そんなことするのは、あいつくらいだよな。騒ぎを起こしゃあ追跡の目を誤魔化せる」
「ええ。はじめに起きた大量殺戮のみが、パンクレスの仕業。いま暴れている魔犬も、被害者と言って良いでしょう」
つまり。パンクレスは自分の存在感を薄れさせるために、意図して魔獣を生み出し騒ぎを起こした。
食用家畜として飼育されている犬に、件の風魔法でも使って攻撃したのだろう。その大半は死に……これが最初の事件であるが……一部は奴の目論見通り、魔犬となって、その後の被害の犯人となっている。
「……治せたりすんの?」
「いいえ。《徴》の発症によって一度変異した魔力は、強く固着する。それ以上変化することは、ほとんどありません」
「そっか……」
「しかし、それを負の側面としてだけ捉えることは、特に我々は、してはならない」
俺たちがいくら魔法による怪我を負っても、力を失う可能性は薄い……この「魔力の状態が固定されてしまう」という特性に、助けられる身分ということだ。
「ちなみに《徴》を持ってるってことは、あれか?火ィ吹いたりする?」
「それについてもNOです。そして、その点こそが、魔獣を凶暴化させる原因となっている」
「はあ」
「コーセーさん。魔法と《徴》の違いはなんだと思いますか?」
「ネルネリによりゃあ、魔法は理論で、《徴》は感覚らしいけど」
「それはかなり正解寄りの意見ですが……正確に言えばですね。ええっと……コーセーさん。算術は?」
「計算? それくらい俺の世界にだってあったよ!」
「馬鹿にしたわけじゃなくて。一応です……では。まず、魔力という、自然的エネルギーを、数字だと思ってください」
「魔力が、数ね?」
「自分で式を作って魔力を当てはめ、計算して結果を出すのが、魔法です」
「なんとなく分かる」
「人やモノに、すでに出来上がった式が刻み込まれていて、魔力を流すだけで勝手に結果が出るのが、《徴》です」
「あー。それで感覚派」
「しかし、人間を含む、先天的にそういう能力を持った生物を除けば、魔力を結果として出力することはできない」
「……?」
「犬や猫などの動物は、違うと言うことです。魔獣には魔力の式が刻み込まれていますが、それらが解を出すことはない」
「……何も起こらないってこと、ではないよな?」
「予想の通り、なお悪い。彼らは魔力を出力する能力を持たないが故、そこへ至る計算を止める機能も持たない」
「でも、計算はしていると」
「その通り。《徴》は、常に発動しっぱなしです。体内の魔力が、存在しない解へ向かい動き続ける。暴れていると言ってもいい。我々には実感することのできない感覚ですが……地獄の痛苦でしょう」
「それで、我を忘れちまうわけか」
「ええ。その異常によって体内の免疫すらも過反応を起こし、だんだんと肉体は毒化していく」
「……わかった。わかったさ。ダックス。急ごうぜ」
ダックス・ハルマンが俺に今、魔獣の生態について細かく説明をしたのは、要するに、俺がヘタレで、躊躇するんじゃないかと思って、「早く終わらせるのが優しさ」みたいなことを、伝えているのである。
「ええ。コーセーさん。どうやら外周の柵に開いている穴から、侵入経路はおおよそ分かっているらしいですからね。スピード勝負で。終わらせてしまいましょう。大丈夫。あなたはもう、ほどほどの腕前と言えなくもないですよ」
「微妙な評価だな」
言いながら斧を手に取る。実戦というやつは、思えばあの時の魔熊以来だが……俺も二ヶ月、遊んでいたわけじゃない。今度こそ、ひと思いにやってやる。
3
私とコーセーさんは、走って目的の場所、破損した柵の近くへとやってきました。それにしても、彼の脚が速いのなんの。三十過ぎの私には、なかなかキツイ運動だった。
「なるほど分かりやすいな。あっちの方の茂みに潜んでるわけ」
「ですね。緑のない地域ですし、あそこくらいしかないのでしょう」
魔犬の出入り口と思しき部分から向こうを眺めれば、あからさまな隠れ家がほど近くに見えているではないですか。ことは思ったよりも、簡単に済みそうだ。
「行きましょうコーセーさん……あ、一応。噛まれると危険ですよ」
「まあ、積極的に噛まれようとは思わないわな」
「ところで作戦ですが」
「うん」
「私が逃げられないようにしますので、一気に形をつけちゃってくださいね」
この神父ダックス・ハルマン。今回はコーセーさんに殺してもらうことこそが、重要と認識している。思想教育、と言うほどでもないですし、過度に攻撃的な人間になってほしいわけでもありませんが。
必要に迫られたとき、躊躇せず命に手をかけられるくらいに慣れてもらわなくては、今後の任務は上手くいかないでしょう。
平和な世の中に生まれた彼には酷だと思いますが、しかし、もうこの世界のルールの中で生きていく覚悟を、本人だってしているはずです。
「やや。これを見てください」
「なにこれ。雑草が……腐ってる?」
「魔獣の尿は、体液の中でも毒性が殊更に強いのです。ここで用を足したようですね。近いですよ。あちらの岩の陰にでもいるんじゃないですか」
「え、血とかヨダレとかは大丈夫なの?」
「すぐに洗い流せば」
「……スピード勝負ね?」
「ええ。戦いの鉄則です」
ザザッ、と草木の揺れる音がして、コーセーさんの肩が大きく震えたが、私は正直言って、あまり心配はしていない。なぜならば。
「最初の事件で死体が見つかったのが十六頭で、発見されなかったのが四頭っつーことはよー……そいつら、やりゃあいいんだよな……」
「コーセーさん」
「ダックス。もう『壁』作っちまっていいぜ。あそこらへん一帯……たぶん、いるわ」
「!……了解しました」
私が《徴》を発動しようとしたとき、すでに大きく振りかぶり、彼の投げつけていた手斧は、ちょうど岩陰から顔を出した魔犬の頭部を────完全に破壊していた。
「逃げるぜ」
あなたの遅いのは、心の準備だけ。




