14話 『ワイアーム』
1
「コーセーさんの『ワイアーム』は、あれですね……なんというか、人と人の殺し合いに向いていますよね」
「そんな酷いこと言う?」
「褒めてます」
「ダックスのやつみたいにグシャ! ってやれないけど」
「だから私のは、一方的にやるのに向いているんです。コーセーさんのは、殺し合うのに向いてます」
「意味がわからん!!」
「いいえ。分かるはずです。今の模擬戦で貴方は、始まった瞬間に手に持った斧を落として走り寄ってきたでしょう」
「武器持ってると走りづらいんだよ」
「でも普通、そんなことしないですよ。『ワイアーム』を知っている私でもビックリしました」
「そう?」
「そう。あなたは簡単に武器を捨てる。投げる。そして殴りかかってくる……と思いきや、振りかぶった右腕の逆……左手に、すでに斧が引き寄せられ握られている。意味がわからない」
「悪かったよ」
「で、結果として私は、無数にそういう、変な選択肢を想定しないといけない。もう、考えることが多くて敵わないですよ」
「ええ? ほんと、それ? 一本取れたことないけど」
「大真面目です。困ってます。つまり、いいですか?『ワイアーム』は相手の思考リソースを奪うことに長けた異能だということです。だからこそ、一対一の戦いに最も適性がある」
「ん〜……なるほど。納得した。でもそんな機会よりも、大人数に襲われたり、こないだみたいな魔物に会うことの方が多いよな?」
「はい」
「はは」
「そんな悲しそうな顔しないでください?」
2
「ギャンッ!!」
獣の鳴き声が一帯に響く。頭蓋を斧の投擲により破壊された個体のものではない。生存した三頭のいずれかが、驚愕し叫びを上げたのだ。
その後、内の一頭は逃避の、残る二頭は攻撃の体勢を取る。ここで立ち向かう道を選ぶものが多数派であったことが、魔獣化による理性の消失の影響なのか、それとも飼い慣らされ野生の勘を失った家畜の末路なのかは、当の本人たちにも知れない。ただ確かなのは、彼らがすでに、選択の自由を奪われていたということ。
「“泥舟”」
オロク教神父ダックス・ハルマンを“化身”たらしめる《徴》、“泥舟”。
それは家屋を丸ごと覆うことの出来るほどの────“泥”を、生成し自在に操る、というものである。
含まれる水分量は自在であり、濁流により敵をさらい流すことも、現在のように、堅固な壁として敵の逃げ場を塞ぐことも可能であった。
不幸なのは、敵前逃亡を選んだ一頭の魔犬。地面からそそり立った泥の塊に顔を呑み込まれ、窒息による苦悶で手脚をばたばたと動かす。康生はそちらに顔を傾け、眉を顰めた。
自らに飛び掛かろうとする二頭。「せめてひと思いに殺す」という覚悟を脅かす一頭。彼の頭の中ではすでに、その全てを屠る道筋が確立されていた。
「『点』」
触れたことのあるモノを引き寄せる康生の異能、『ワイアーム』。ダックスやシタン帝国騎士団との訓練の中で、その中にも二つのモードが生まれていた。
ひとつは能力を発動し続けることで、自分の手元へ確実に呼び込むイメージの『線』。
もうひとつは、能力を一瞬で切ることによって、その時点で手があった場所へと発射するイメージの『点』。
後者の習得は射線の自由度をもたらしたことだけに留まらず、複数回の弾道変更、その際に出力を調整することによる着弾時間の調整を可能とした。
一撃目を決めたあとすぐさま引き寄せられていた斧は、宙に浮かんだ状態で、しかし確実に命を奪うことのできる好機を待っていたのだ。
襲い掛かる二頭目の首筋に、刃が深く突き刺さった瞬間。逆方向────今回の場合は左手で能力を発動したことで、斧は息絶えた魔犬ごと宙を移動。すでに康生の間近へ爪を伸ばしていた個体に、激突する。
「ガ……」
「悪い」
空中で受けた衝撃により地面に打ち付けられる魔犬を飛び越え、顔が埋まり瀕死寸前の、唯一逃避という正解を選んだ一体の元へ走る。
無論すでに異能は発動しており、めきめきと嫌な音を立てながら、斧が亡骸から抜け出す。それが『ワイアーム』、『線』によって男の手の内に収まったのは、ちょうど彼が断頭台に立つのと同時であった。
容赦のない一撃が頭と胴を分断する様子を見て、自分に覆い被さる仲間の亡骸をどけた最後の一頭は、ようやく野性を取り戻す。世の摂理を。逃げなくてはならないと、最後の最後に理解し……唯一、外の光が入れ込む方向へと向かう。
依然として得物も手にしていない大男。それさえかわしてしまえば、向こうには……彼らの狩場。大人しく食われるだけの元・同族がまだ多く残っている、あの、集落が。
「ダックス!」
「致し方ないですか」
オロク教神父ダックス・ハルマンを“化身”たらしめる《徴》“泥舟”。
その泥は宙空に無から生み出すことも可能ではあるが、本領は、地面や水を通して発動する際にこそ発揮される。すでにある土や水を利用することによる、上限値の更なる解放と、生成という工程を簡略化することによる、圧倒的な「速度」。
一瞬にして現れた濁流の滝は魔犬の身体を浮かび上がらせ自由を奪い、そしてその位置は同時に、ダックスにとって、最も仕留めやすい距離である。
背から引き抜かれた凶器────身の丈ほどもある、鉄塊とすら形容できる大剣。そのたった一振りは、哀れなる獣の肉体を、汚泥との境目が分からぬほどに粉砕してしまっていた。
3
「おんなじだったなあ。さっきケージにいたのと」
「そうですね。《徴》の症状進行がまだそんなにだったようですし」
「てことはさ、さっき俺らが食ったのとも、おんなじだったっつーことだよなあ」
「ええ。だから、こんなに脆い」
斧の突き刺さった跡を見ると、骨が完全に砕けている。思わず目を逸らした。
「はー……そういやさあ、魔獣の死体って、毒出すんだよな?」
「ええ」
「結局ネルネリは呼んだ方がいいのか?」
「そうですね」
「……」
「コーセーさん」
「んだよー……」
「盛大に燃やしてもらったらいいじゃないですか?」
「なぜそれを!?」
「ネルネリさんが教えてくれました。それはそれは嬉しそうに」
「やばい。死にたい」
「まあこうなるとは思ってましたので。はい、どうぞ」
ダックスが差し出してきたのは、なにやら模様の書いてある紙であった。
「なにこれ」
「『五法札』と言う刻印器で、要するに、《徴》の刻まれた紙ですね」
「……魔力を流すと、書かれてる式が起動するわけだ?」
「お! 私の解説、ちゃんと覚えていてくれましたね?」
「で、こいつは、火が出んの」
「お察しの通り。必要でしょう? ただこれ、本当に高額なんで、私も本部にわがまま言って、三枚やっともらえただけなんですよね」
「まじか」
「しかも効果もそんなに高くないので、多分これで全部なくなります」
「ええっ?」
「ですから今度こういうことがあったら、素直に彼女を頼りましょう」
「……そうだな。ありがとう……でもいいのか? オロク教の支部長としては」
「ん〜……お堅い人は嫌がりますがね。結局のところ処理はしないと、後で土壌が汚染されちゃいますし。そのせいでせっかく魔獣を討伐したのに、当の依頼主から責任を問われて、賠償金を請求された冒険者も、過去にはいたそうですし」
「あまりにもあんまりだろそれは」
「まあじゃあ一応体裁をとって、コーセーさんに使ってもらいましょうかね。はい、火つけて」
「わかったよ……こう?」
「あっすぐに手離さないと……」
俺とダックスは灰に変わってゆく魔犬を数分、黙って眺めていた。少しだけ火傷した人差し指が、ずいぶん痛かった。
4
「遅い」
「ごめんって」
「お土産は?」
「さっき買ってきたろ」
「十分でなくなった」
健啖家が過ぎるだろ。
「まあまあ、コーセーさんを責めないでやってください」
「なんでおまえそっち側の立場なんだよ」
「とにかく! もう宿へ行って、ご飯を食べて休みましょう! 女将さんが、腕によりをかけて用意してくださるそうですよ!」
「おお〜」
「頑張った甲斐あったよなー」
「? なにしてたの?」
「うん。実はな、腕相撲大会で勝ったら夕飯が豪勢になるというのをやってて」
「これほんと? ダックス」
「俺に聞き返して?」
「本当ですよ。コーセーさんったら、血管が何百本も浮かび上がるくらい力んで頑張っていたんですから」
「こわ……」
「俺をなんだと思っているんだよ……」
「あ、そういえば私! 道具屋にも行きたかったんですよ!! 明日出発早いですし、ちょっと覗いてきますね!」
そういえば、散策したいと言っていたのに、全然できてなかったな。あの神父。
「飯なくなんぞー」
「ほんとに一瞬見るだけなので! すぐ行きますから!」
「はいはい。店仕舞いも近いだろうしあんまり……もうあんな遠いじゃん」
「すごい良いフォーム」
陸上選手さながらに高く脚を上げて走ってゆくダックス。俺とネルネリはそれを遠目に見ながら、ゆっくりと夕日の道を歩く。何もないところだが、そのぶん夕焼けがでっかく見えて、これはこれで風流かもしれん。
「……ねえコーセー?」
「うん」
「死んだ動物の臭いがする」
「え」
唐突に言われるには、ショッキングすぎる言葉である。
「なんでかなー」
「は、は、は……まあなんでもよくないかそこらへんは」
「え〜……」
しかしネルネリは、この場ではそれ以上、なにも言わなかった。
俺の友人は、どうも察しがいいので……困る。




