15話 見張り台
1
「ふーん……」
結局、宿の食事処にてネルネリに詰め寄られ、俺たちは彼女を待たせている間なにをしていたか、ぜんぶ話すことになった。
女将がネルネリが来た際、首尾はどうかと聞いたのだ。一仕事終えた気分で口止めを忘れていた。そりゃあ当然聞くだろうに。
「なあ、そんなブー垂れた顔すんなよ、な? ごめんって。修行の成果を確かめたかったんだよ」
「別にそれはどうでもいい」
「機嫌なおしてください。私のおかず分けますから」
「別に量が足りなくてイライラしてるわけじゃない」
言いながら差し出された茹でブロッコリーにフォークを突き刺している。野菜もちゃんと食べるのが良いところだよな。
「……私、ここに兵士だしてって言ったのに」
「おや」
「うん?」
「テータさんの家に持ってく書類もらう時。偉そうな人に言ったのに」
「おやおや」
そういえば、そんな話あったな。
けれどそれらしい人間は目についていないし……あの程度の魔獣が放置されていることからも、警備が機能していないことは明白であった。
「あー。気持ちはわかるけどよ。それってさ、国自体に余力がないっていう、シタン全体の仕方ない問題のせいなんじゃねえか?」
あるいは、単に怠慢、またはネルネリを軽視しているか 、だが。結果として善意を無視された本人に言えるはずもない。俺とダックスの間に緊張が走った。
「そうですよネルネリさん。今のシタン帝国なんかどこも荒れ放題ですから! ね!」
「どうする、夜食になんか買いに行こっか? 見張り台の方面に酒場があるらしいぜ。足りないだろ?」
「いい! ですねコーセーさん! ネルネリさん。今日はお留守番できて偉かったですし、ご褒美で!」
「誤魔化そうとしてる……」
「してないしてない。してないしてないしてないしてない」
「してませんしてません。してませんしてませんしてませんしてません」
酒場に着くまで、俺とダックスはそれはもう必死であった。一生分の否定語を使った気分だ。
2
「ごめんください」
「いらっしゃい……ん……兄さんら、見ねえ顔だな。もしかして、カンカンズから?」
「酒と飯のルータン」は、ヤスラの住宅の南端にある。小さい集落の割に、盛り上がってんな。
「いやあ、俺らは帝都から。お使いで、捨て子谷までいくんすよ」
まだまだ対人に難のあるネルネリを自分の影に隠しつつ、俺は主人らしき男と会話を試みる。
「捨て子谷って……わざわざ? なにかワケありらしいが、でも、ということは、次はカンカンズだろ」
「まァそうなります。なんかあるんすか」
「いや、それがよお、ここ一ヶ月の話さ。ヤスラとカンカンズ間で、運送業者が襲われる事件が二度もあってよ。だから向こうからだとしたら、オタクら、無事でよかったなと思って」
「はー。物騒っすね」
「車だけ残して、積荷も馬も、御者まで消えちまったっつー話さ。最近増えた警備も、みーんなそっちにかかり切りでな。悪さしてる魔獣は放置だよ……優先順位ってもんがあるのは、分かるけどな」
「だってよ」
「あ、へえ〜そうなんだ?」
「てっきりお前が舐められてて、ガン無視されたのかと思った」
「やっぱり誤魔化してたんじゃんッ!!」
「しっかし怖ェ話っすね。犯人もう捕まってんすか?」
「……いや、それがなあ。予想はされてるんだよ。証拠はないけど。パンクレスという、ここら辺を根城にしていた野盗さ。この間、あの“弑逆の戦火”に睨まれて逃げたとか聞いて。安心した途端にこれだからなァ」
「活動場所を移したってことですかね」
「そうそう。パンクレスは、ここ何ヶ月か、東海岸に向かう道路を食い扶持にしててな。国境の警備兵がちょくちょく通る道なんだが。そっちがダメになったから、今度は逆にってよ」
「その……警備って?」
「ん……テオーからの領海侵犯を見張る仕事、っつー触れ込みだけどよ。実際の仕事は、魔獣化した魚やらなんやらの死骸が岸に流れ着くんで、それを回収することらしい」
「死体の掃除」
「まァ非正規兵ばっかで、環境も良くないみたいだよ……国も、本気でそこが大事だとは思ってないのさ。いくら被害が出たって放置……ヤスラにも、戦う余裕はなかったしな……」
「はあ……」
テータさんの出稼ぎが、おそらくこれだったのだろう。
「しかしそうするとさァ、カンカンズとの間で盗賊行為なんかするのはマズイんじゃねーすか。デカい都市なんでしょ」
「どうだかな。あそこのお貴族様らも何年か前までは元気だったけどよ。それこそ、捨て子谷の攻略にお熱だったんだが。挑んでは死んで。最近影が薄いんだよな」
「えっ」
いきなりギョッとする情報。
「うちの警備にしてもそうだが、必死こいて調査するってスタンスではないんじゃねえかと思うよ。それなりに長い道でもあるしな」
「そういうもんかー……ん?」
「オイオイ酒がマズくなる話はゴメンだぜお前らァ!! マスタービール!! ほら!!」
「あ、トギメイさん」
話してるところにドカドカと寄ってきた、我々の馬車の運転手。べろんべろんに酔っ払っている。そうだよな。この人にも、休息や自由時間はやっぱり必要だよ。必要なのはわかるよ。でもハメを外しすぎだよ。舌が口内にまるで収まってないじゃないか。
「え、酔うとこうなるのこの人? きもっ」
「ネルネリさん。そういうことを言ってはいけませんよ」
「トギメイさんが運転するんだし、一番不安だよなー」
「どれどれ、私、同席してきますよ。御者っていうのは、面白いエピソードを持っていることが多いんです。普段は寡黙な方ですから、こういう時に搾り取らなくては」
「あ、そう。じゃあ俺ら、つまみでも食おうぜ」
「コーセーも飲む? お酌してあげよっか」
「いや、俺飲んだことないし」
「かっこわるっ」
「來夏が言っていたけど、酒って本当はちょっと飲むだけでも身体に悪いらしい」
「なんで少量なら身体にいいみたいに言ってるの?毒に決まってんじゃん」
嘘だろ。この迷信、俺の生まれた世界限定のものだったのかよ。
俺たちはカウンターの隅っこに座り、この先の旅への不安を一旦忘れ……カンカンズから来たという、デッカい魚の干物を炙ったおつまみをつついた。ドリンクは二人とも、ぶどうジュースである。
3
「かんっぜんにぶっ潰れてるよねーこれ」
「お話を聞くどころではなくなってしまいましたよ。存外に愉快な方ですね〜」
「ダックス……トギメイさんの三倍くらいジョッキ並んでたよな?強いんだ」
「いい歳して一滴も飲んだことないコーセーからしたらやっぱり憧れるもんなの?」
「うるさいな」
「そうですね。我ながらけっこうイケるクチかと。でもコーセーさんと同じくらいの歳で、私より飲める人も知っていますよ」
「早死にしそ〜」
「身体によくないと言いますが、私なんか飲むと普段より調子いいんですけどね。ドドイデアでは、戦いの前に一杯胃に流し込む文化もあるんですよ」
「え、かっこいい。俺もやりたい」
「まじで似合わないから絶対やめて」
「イメージと違いますよね」
「そんなに不評だとは」
「あ、ねえ、これ。どうせだから登ってみようよ? 見張り台」
「良い案です。ちょうど明日以降の進行方向ですし。もう暗いですが……眺めてみましょうか」
「意外とそれで、見つかっちゃったりしてな。消えたっつう人だの車だの」
「え〜そういうのじゃなくて〜登りたいだけなんだけどー」
「無粋ですねーコーセーさん」
「なんか今日当たりキツくない? 俺なんかした?」
「十分経ったのにトギメイさん係を交代してくれないので」
「待て。待ってくれダックス。俺はさっき二十分は背負わされてたけど文句言わなかった!!」
「そんな酔っ払い捨ててけばよかったのに」
「そうもいかねえだろ……」
「うーん、老朽化がすごいですねえ。私乗ったら壊れてしまいそう……なので、下でトギメイさんを見ておきます。代わりに、詳細なスケッチと一万字以上のレポートで感想をお願い致しますね」
「ダックス。知ってるか? ネルネリは王様に頼まれたレポートを、一文字も書かなかったことがあるんだよ」
「え、なんで私の話? コーセーの仕事でしょ」
「登りたいって言ったのお前じゃん!」
無視してどんどん上にいく魔女。
「あ、おい、そんな急いで登んなくても……ギシギシ言ってるけど!」
「コーセーさん。真面目な話、ある程度の感想は欲しいので、追ってください」
「大丈夫なのこれ? ネルネリだけで限界きてない? てか梯子めっちゃささくれててやだよ」
「コーセーさん。私、今日はコーセーさんのこと、すっごく助けてあげたと思うんですね」
「ちょっとズルくないかそれは」
4
激しく軋む音を立てながらも、見張り台は俺たち二人分の体重を、なんとか支えてくれるようだった。
上まで登ると、ネルネリはそこでなぜか、体育座りをしている。おお。こんなに小さい少女ひとりが座り込んでいるだけで、スペースは全然余っていない。俺は仕方なく、梯子の一番上の段に立ったまま、遠くの景色を見やる。
「……なーんも見えねえな。さすがに暗いかー」
「ばっかだなあコーセー。高いところに来たら、空を見るものだよ」
「あー、一理あるね」
俺はネルネリに言われるがまま、星空を眺める。瞬いている大小の光の粒が綺麗で、確かに。明日行く場所なんかよりも、こっちに思いを馳せる方が、ずいぶん有意義かもしれなかった。
「なーネルネリ。星座ってわかる? 星が並んでんのをさ、線で繋げて、動物の形に見立てたりすんの」
「馬鹿にしないで。リブライトにもそれくらいありますー」
別に馬鹿にはしてないんだけど。そう思いながら、億劫そうに右手を上げて、空に指をさす彼女を見る。
「ほら、あそこのオレンジのと、下の大きいの二つと、その下のちっちゃいので、狼座」
「ぜんぜんわかんない」
「ふふ。ざこ」
「雑魚?」
興が乗ったのか、次々に指を動かしはじめる。
「あれがドラゴン座。あれがガベル座。あれが……」
「ぜんぜんわかんないっすネルネリさん」
「うん。そうでしょ?」
「そうだよ?」
「私も……わかんないんだよねー」
それが星座の話でないことは、なんとなく分かった。
「なにが」
「笑わない?」
「発言によるよな」
「笑ったら、この建物ごと燃すね。あーあ。シンボルを失うここの人たちがかわいそう。アイデンティティの崩壊でただでさえ寂れた集落がもっと荒んじゃうかも」
「笑わない」
「……昼にさ」
「うん」
「私に隠れて魔獣を討伐したでしょ」
「そうだな」
「えっとね……その……なんで頼ってくれないのって気持ちと、大事に……されて、嬉しいなって気持ちがある」
「……」
前置きなんかなくたって、笑えない内容だった。
「どっちが本当なのか、わかんないんだよねー」
「……」
「……ね、めんどくさいって思った」
「……いや。同じようなもんだよ」
「え?」
「この際ハッキリ言うとさ、俺はおまえのこと、不憫なやつだと思ってる」
「コーセーに言われたら終わりだね」
ネルネリは乾いた笑いとともにそう言う。
「だから、できるだけ、むごい場面にはいさせたくないって考えているけど。おまえがすごい魔法使いなのも知ってるから。その力を貸してほしいって思う時もある」
「……」
「ずるいだろ」
「うん」
「そんなもんだと思うんだよ、人間。まあ俺の目標は、ずるくなくなることなんだけどさ」
「ライカさんみたいに?」
「わかってきたな」
「ふふ。コーセー」
「うん」
「コーセーが小物なのは、きっとずっと変わんないよ」
「えっ……」
「でも、それでよかったな。いまさら理由なく優しいなんて、きっと私、疑っちゃうから」
「あんたみたいなのが、無理やり絞り出した優しさの方が────まだ乗っかる気になる」
「……そう」
「うん。だから、今が楽しいよ。ずっとこうがいいな」
「うん」
「でも、コーセー。明日もしかしたら、死んじゃうかもだよね」
「不穏だな」
「戦っちゃうもんね。もし、野盗に出くわしたら」
「まあ……他に手が思いつかないし」
「危ないよ」
「だから、助けてほしいんだよ」
「……ふふ。あーそっかー……そういう話だった」
ネルネリはしばし黙ったあと、急にぐるんと振り返りながら立ち上がる。
「おい気をつけっ……」
「いいよ! コーセー。私を宝石箱の中のいちばんお気に入りの指輪みたいに扱ってよ。そうしたら、ま、たまになら……ね、私たち以外ぜんぶさ、こうしてあげる!」
ネルネリはばっと手を挙げる。それは、さっきまでの星々を指差す動きとは違って、やけに豪快に見えたが……しかし、彼女はその腕を、なぜか、バツが悪そうに下げてしまって────数秒、その手をまじまじ見つめてから呟いた。
「ほんとはこれも、いらないんだ」
「なに?」
そう言ってローブのポケットに両手を突っ込んだ魔女が小首を傾げて見せると同時に、俺の視界の端から端が、赤く染まった。あの日、初めて会った日、大きすぎる炎の手前にいる彼女の、似つかわしくない物憂げな表情に、その儚さと弱々しさに見惚れてしまったことを思い出す。
しかし今のネルネリは、過去の彼女とはまるで違う印象を持たせる。真っ赤な炎を背景にして、いたずらっぽい笑みを浮かべている。それは儚さと真逆、絶対者の余裕をすら感じさせた。過度に痩せていた頃と比べて健康的になった肢体に、急激に上がった周囲の温度のせいで、汗粒が浮かんでいる。
うお……
吸い寄せられるような、危ない魅力がある。來夏を信仰していなければ、危うく呑み込まれていたかもしれなかった。しかし、自分で信じられない。というか罪悪感だ。こいつにそんなつもりがあるわけもないのに……こんなこと、思うなんて。




