16話 パンクレス・オータム
1
「なあ、結局さあどう思う?」
ヤスラを出発して三十分ほどが経ち、俺は馬車の中で揺られる二人に、今最も気になっている話題を振ってみる。
「どうって、聖女シエラについての情報が、なにも集まらなかったことがですか?」
「グイグイ行くからめちゃくちゃ引いてたよあの女の人。私もドン引きだわ」
「違う違うそれじゃなくて。この道の先の事件。やっぱパンクレスの仕業なのか、気になるから」
「証拠はないとのことでしたが」
「てかさ、東の道で事故ったから今度は西にって、単純すぎない?」
「俺もそう思ったけど。でもさ、今は移行中って線も、なくもないかなあと。あいつ、鼻と肩にけっこうな深手を負ってたしさ」
「あんたが負わせたんでしょ」
「この一ヶ月でやっと本格的に動けるようになって、今はとりあえず、生活のために近場で略奪を行なっている。すぐに近辺からはいなくなる、ということですか」
「そう! そう!」
「可能性は……ありますね。魔犬を使った撹乱も、あまり動けない状態で注意を逸らし隠れるためだったとすると、より納得感があります」
「だとしたら、うちらは大丈夫かもね? 積極的に強盗してんじゃなくて、逃げ切るまでの最低限しかしないつもりならさ」
「んー……でもトギメイさんがなー。二日酔いでもうぱっと見弱ってるもん。俺が山賊だったら襲うね」
「ははは。仕方ないですよ。代理の御者を雇うこともできませんでしたし」
「ガンガン飲ませた本人がなんか言ってるー」
「これ本当に出発してよかったのか?」
「バード帝王から急かされていますからね。それに、旅というのは、常にベストコンディションで続けられるものではありませんよ!」
「にしたって御者がグロッキーなのはどうよ」
「パンクレスの話に戻りますが」
「強引すぎる」
「手口はどう思います? パンクレスは残酷で、自分の所業を見せびらかすような男だと聞いていますが」
「そんなの命がかかってたら変えるでしょ。それにさ。馬車を残して馬を消す……とか。私、そいつならできる気がするんだよね」
「綱が切れてたらしいし、それで逃がしただけじゃねえの?」
「うける」
「なにが?」
「馬の自由にさせたらすぐ見つかるに決まってんじゃん。しょせんは馬なんだからさ」
「俺のいた国の馬はヒトより賢かったから、つい」
「その嘘は苦しいですよコーセーさん……」
「パンクレスが中位の風魔法を習得してるなら、動物を誘導する魔法くらいは使えるはずなんだよね。牧場で使われるやつ」
「『レイロレイロ』ですか? 一方向を強く認識させる魔法。確かにそれを使えば、馬を操ることができそうです」
「ていうか、山賊風情が中位魔法を使えるってのがびっくりだよ。普通に難しいからね。私も最初、お兄ちゃんに教えてもらったもん。たまたま奪った本を見て、ひとりで覚えたっていうのは無理筋かな」
「はあ。つまりパンクレスは元々はけっこう、ちゃんとしたとこの出、てこと?」
「多分」
「あんな刺青だらけで?」
「そんなの知らないよ」
「刺青だらけ……」
「まあともかく、行くしかないんだから、襲われたら襲われただよな。俺、外見てるよ」
「────いや」
「ダックス?」
「元はといえば私の責任も一部ありますし……警戒は任せてください。便利なんですよ。私の《徴》」
「泥だろ?」
「まあ見ててくださいって。では失礼して」
すぐに戦えるように座席に置いていた数本の武器から、ダックスは自分の剣を手に取る。
「は?」
ばき。ダックスは馬車の床板に、“エンの鈍”の角で、小さな穴を開けてしまった。
「何してんの? もしかしてオロク教から送り込まれたスパイだったのかなダックスは」
「違いますよネルネリさん。こうするんです……“泥舟”」
ダックスの指先から細く糸のような泥が垂れ、針の穴程度の小さな隙間に流れ込む。
「これを地面に繋げることで、周囲の地面も少しだけ、私の能力の対象にできるんです。大きな地形変動などはできませんが、近づいてくる衝撃を感知するくらいなら」
「えっすげーじゃん」
「それ二四時間やってくれない?」
「いや……恥ずかしながら私、細かい作業って苦手なんですよね。とても疲れる」
「なんかわかる」
「実際襲われた時にダウンとかしないよな?」
「大丈夫ですよ。大体、パンクレスが犯人とも、また遭遇するとも限らないのですから」
「確かにそうだ。俺にできるのは來夏に祈ることくらいだな」
「それにいざって時にも、コーセーさんがやってくれますからね」
「えっ?」
「言ったでしょう? 『殺し合いに向いた能力』だと。期待しています。本領発揮に!」
「ははは」
俺は首にかかったヘアピンを両手で握りしめ、目を閉じた。祈りよ。通じてくれ!
2
ヤスラを出てから五時間ほどが経過する。ダックスはずっと目を閉じて集中し……“泥舟”による警戒を続けている。普段は飄々としていて、なにかやる時も余力を残す感じなのだけれど、今日は、様子が違う。
「ダックス。なんかさ、やけに乗り気だよな、あ、ごめんな? 邪魔して。いや、おまえっていつも元気だけどよー、今度は特別、そうな気がしてさ」
「コーセーさん……まあ、そうですね。実はパンクレスのことを詳しく聞いて、思い当たることがありまして……」
「と、いうと?」
「ことが終わってから話すつもりです。もしかすると、目的の邪魔になる情報かも知れない」
「だめ。今言って。気になる」
空気を読まない魔女殿だが、こういう思わせぶりな態度を許さないところは、正直助かる。俺にはできないことだと思う。
こいつのすごいところは、ここで黙秘を続けると尋常でなく機嫌が悪くなるのも相まって、強制力がすこぶる高いのだ。
「……これを見てください」
「……《徴》じゃん。こないだ見た」
「オロク教では、これを刻む儀式を執り行なっているのです」
「前にそんなこと言ってたな」
「お金払ってやってもらうんでしょ? これ。アコギだよねあんたの組織」
「そう思います。悪いのは、儀式を受けたとして、能力を授かるとは限らない点。そして、金銭さえ支払えば……何度でも、実施できるという点」
「────あ」
刺青まみれの、まるで世紀末漫画のキャラクターみたいな格好だ。そんな感想を抱いた記憶が、ぼんやりと思い出される。
「はい。パンクレスの全身の刺青はこれに失敗し続けた結果かも知れないと、さっき話していて思ったんです」
「はー。それで気負ってんのか」
「はい」
「そりゃ話したくないよね。コーセーなんかそんな話知ると、日和るもん」
「えっ誰が聞いたんだっけ?」
「しっ……左右から接近する振動があります……五十メートルほど離れていますが……速い」
「!」
緩んでいた空気が引き締まる。俺は壁を三度叩いた。トギメイさんに、戦闘の開始を伝える合図だ。彼の不安が伝わったのか、それともすでに敵の存在を認めているのか、馬が高く唸る声を聞く。俺とダックスは武器を持ち、いつでも扉から外へ飛び出せる格好をとる。そして、丸い窓から茂みの様子を伺う。
「え、複数犯なの? じゃあ予想外してるじゃん」
男衆の臨戦体勢を無視して、仕事のないネルネリがぼやく。しかしたしかにそうだ。パンクレスが他者とつるんでいたという話は、あがっていなかった。挟撃を行うということは、つまり、ホシが奴でないことを……
「いいえ」
「アンギャアアアアアアアアアアアアッッッッッ」
トギメイさんの甲高い悲鳴が響き渡る。
「なるほど。そう来たかって感じですよ!」
言いながらダックスが戸を蹴り開ける音がした。ちらりと後ろを向くと、すでに迫ってきていたのは……トギメイさんが恐れ慄いた相手は────
「馬だ!!」
ネルネリが言う。見ての通りの二頭の馬。ひと目見てわかる様子のおかしさ。身に纏う瘴気。言うなれば、そう。魔馬である。
魔法で裂傷を与えた動物を利用する。ヤスラでの時と同じやり口だ。そのことはすなわち、俺の今から対峙する相手が、一体誰なのかを示していた。
「私はこちらを対処します。コーセーさん。すみませんが」
「わかった」
できれば戦闘を避けたい。そんな考えが、いざ敵を目にすると霧散していくようだった。
「ネルネリ。一個頼みがあってさ」
「なに?」
パンクレスに何か動き出されても困るので、一つだけお願いをし、急ぎ動く。いや、状況に押し出されたわけではない。そうだ。俺はあの日たしかに、やつを────ゆるせないと、思ったんじゃないか。
3
馬車を出て右奥の木々の間に人影。野盗パンクレスの姿を見、転移者・木差子康生はそこへ向かって────お決まりの手段を取る。
斧の投擲。『ワイアーム』という引力の異能を持つ彼にとって、通常大きな危険を晒す行為である武器の放棄は、大した問題にはならない。
ある場合を除いては。
「んだァ? 物騒だなオイ……挨拶もなしによォ……」
日の当たる場所に歩を進めた、刺青だらけの野盗。その右手に握られた斧を見て、康生は息を呑んだ。回転する刃物を正確にキャッチした、その反射神経。ただごとではない。そしてこの事態は、彼の「自分と斧で挟み撃ちの状態を作る」という計画が、一瞬にして破綻したことを意味していた。
「“牆”のコーセー。こないだぶりだな? パンクレス」
男がしゃがみながら名乗ったのは、自らの気持ちを落ち着けるため、一瞬の間を作る目的であったが、実際にはそれ以上の効果をもたらした。
「……その白髪。テメェまさか……!!」
パンクレスは自身のライフ・ワークに抵抗を示す者の人相を認め、思わず肩を……深々と斧が突き刺さった後遺症で今なお麻痺が残る左肩を、大きく震え上がらせる。
ついで口角が。眉間が。頬が。ふるふると痙攣する。それは無論、精神的瑕疵によるものではない。怒りによって、である。康生の心理の脆弱性から生まれた一拍は、相手の殺意のボルテージを、ひとつ上げる結果となった。
「中位風魔法────」
野盗が魔法を使うべく、斧を持ったままで右手を振り上げる。康生は以前の戦闘やネルネリから知見として得た、魔法使いの弱点を思い起こす。
「ほんとは『これ』も、いらないんだよね」
ネルネリの言葉の意味。「普通の魔法使いに必要となる要素が、彼女にとってはいらない」という旨の発言を考えた結論。
要らないものとはすなわち、魔法に合わせて「手を振る」という行為であると、康生は解釈していた。
自分の前で魔法を使った者は、パンクレスにせよ今までのネルネリにせよ、身振り手振りを魔法の発動に合わせていた。“弑逆の戦火”たる大魔法使いに不要だとして、一介の野盗がそのレベルに達しているわけはない。
魔法の弱所。無法の遠距離攻撃に見えて、動きを見ればタイミングも狙う場所も、ある程度は分かってしまうのだ。
故に、康生は低い姿勢をとって的を小さくする。そのうえで素早く動き回ることが、今度の戦いにおいて、有効な戦術であると踏んでおり……それは実際、おおよそ正解であった。パンクレスは一瞬、露骨に嫌な顔をした……が、闘争によって世界を生き抜いてきた男が、「対策」の「対策」を持っていないはずもない。
「中位風魔法・“浸透戟”!!」
狙うは敵そのものではない。その進行方向の地面。接近を許さず地面に魔法を放ち続ける。その繰り返しの結末は、疲弊した哀れな獲物と、逃げ場のない穴だらけの地面。
パンクレスは、逃亡中の身になって控えていた獲物をなぶる快感が臓腑からムラムラと立ち上ってくるのを感じ、だらしなく口元から体液を垂らした。そして、自らの魔法が立てた土煙で見えない敵から、奥の馬車へと視線を移す。弱者から摘む。これは彼が長い野盗生活で結論づけたセオリーであった……が、しかし。
びゅん。
「!?」
刺青の男の頬を、なにかが掠める。
魔法の放たれるリズムが遅れたその一瞬を突いて、康生は砕かれた地面……要するに石を、パンクレスに向かって投げつけていたのだ。
「この……中位風魔法ッ……」
魔法と《徴》。その最大の違いは、自ら魔法式を組むものと、すでに式が出来上がっているものの差。スピードである。
「背中に気をつけろ」
野盗の左肩甲骨に、“返ってきた”石が激突する。
「ご……」
怯む標的に向け、康生は地面に散らばった石を拾い第二投。パンクレスはそれをよろけた拍子で回避するも、しかし安心はできない。対峙する男が、すでに地面に手を伸ばしていたからだ。
「ものを放るたびに、手数が増える」。パンクレスも『ワイアーム』という異能の恐ろしさに、遅まきながら気付く。馬車を先に狙うような、がめたことは出来ない。二ヶ月前とは違うのだと、ここでようやく理解する。
「この間のこともあったし、すでに分かっているだろうけれど」
康生は、二ヶ月の訓練の手応えを、ある程度は感じていた。しかし、それだけで勝てるとは、考えていない。
「俺の『異能』は、触ったモノを手元に引き寄せる。俺の手と引き寄せるモノの直線上にお前がいるなら、今みたいに後ろから狙撃もできる」
ゆえに、使えるものは全て利用する心づもりであった。「会話」も、そのうちの一ピースである。
「いいな? 俺がぶん投げた石ころの位置を全部覚えておかないと、不意打ちされ放題ってこと」
「……クク。何を……自分が優勢に立っているってツラしてンだァ? コーセー!! ビクビク震えてたガキが、チカラに目覚めて全能感でハイになってるザマほど滑稽なもんはないぜ」
パンクレスはその努力を歯牙にもかけていなかったが、康生は構わず続ける。
「あとよ、忘れてないよな? 俺がおまえの、鼻っ柱をぶん殴ってやったこと。その様子だともう治ったみたいだが、大事なのは、おまえ自身も俺の『ワイアーム』の対象だってことだ」
「ああ実はまだ少し痛むんだよ。フフ。ええ? しかし、その情報の、どこが大事なんだ?」
「ンだと?」
「俺様よりチビのテメェが!! 遠くから小石をこつこつ投げるしか出来ないテメェが!! 斧を持った俺様をわざわざ近付けさせるのか? ……むしろ逆だろ────」
パンクレスが何かする素振りを察し、再度の投球動作に移る康生は、両手を前にクロスさせ、息を吐きながら脇腹の方へ引く野盗を見る。日本から転移した男はそれを、あたかも空手の呼吸術、「息吹」のようだと思う。しかしここは異世界。漂流世界『リブライト』である。
「低位風魔法“指針山”!!」
康生の投げた石は、対象の目前にて方向を変え、あらぬ方向へと消えていった。
風魔法。それは『伝播』と『拡散』、『方向』を司る魔法。
男の目の前で起きた出来事は、実質的に、パンクレスへの飛び道具が封じられたことを意味していた。
「こっちから殺しに行ってやる」




