7話 大聖女シエラ
1
「ええっと、オロク教って、あー。ごめんなさい。わからなくって」
ネルネリが「信者が気に入らない」と腐していたことと、変なお守りを作っていること。俺の持っている情報はその程度であった。
「オロク教というのはこの世界で最多の信徒を抱える宗教団体で、このシタン帝国におけるその組織の長たる私が、『十壊器』蒐集という任務を完遂するように圧力をかけてきたという話です」
ダックスと名乗った男はひょうひょうとして淡々と説明する。しかし意味がわからない。つまり俺が旅に出ることを、権力でもって確定的にしたということか。
「それは……ええ? ずいぶん横暴なんじゃあないすか。どんだけ偉い人なのか分からないですけど。だいたい、そんなんして、なんの意味が……」
「“十壊器”は、このシタン帝国内外に大きな爪痕を残した兵器です。その傷跡を巡り祈りを捧げ、またその道中で教義を広める。それはオロク教の理念と強く合致した目的なのです」
「え……うさんくさ……あっ」
思わず言ってしまった。
「ハッハ! そう言っていただけると嬉しいですよ!」
「ああ?」
「私のイメージって、酷く凝り固まっていますからね! 偉くて優しい神父様、みたいな。あなたのようなフラットな人間が現れてくれて、とても嬉しいわけです。分からないと思いますけど、本気で」
「はあ……」
「そんな、転移者の貴方にだから話せることですが」
「実を言うと、こんな仕事をしておりますが私、兵器、戦争史、陰謀論、などなどに目がないんです。要するに興味があるから、貴方の旅に着いて行きたいのです」
ニコリと笑う大男。それは心からの表情に見えたので、俺は余計困惑した。
「待ってください。え、最初に言ってた、祈りを捧げるとかどうとかは?」
「教団本部とバード帝王に使った方便ですね」
「それはほんとについちゃいけないタイプの嘘なのでは……? てか、一人で行きゃいいんじゃないですか、それ? あるいは、教団の部下と一緒とか」
「一人ではつまらない。それに、ほら、仮にも神父ですよ、私。信者の方々に兵器に興奮する様子なんて見られたら、おかしくなったと思われてしまいます。最悪追放ですね。騎士団の人間にも、バレたら漏らされるでしょう。私だって、都合よく使える権力を手放したくはないのです」
趣味のために権力を使う。そのために、立場を手放したくない。すげーこと言ってるな。
「つ、つまらない」
「ええ。転移者も私の研究テーマに含まれますからね」
「あ、そういう面白さを求められてる? ……まあ、はあ。俺が来たことでそんなに喜んでもらえると嬉しいですよ」
本当は、ぜんぜん嬉しくないが。
「けれど、たとえ俺が、ハイ喜んでと答えたって、バード帝王が要人のあなたを危険な旅に出すとは思えないし、護衛も部下もゼロってのも、またあり得ないんじゃあ……」
「コーセーさん。オロク教は、シタン帝国よりもよっぽど強く、大きい組織ですよ」
なんだと。
「言ったはずです、圧力をかけてきたと。私がそうすると主張すれば、そうなるのです。ただし。私が今の立場を失えば、この手は使えない。ね? 言っていることが、繋がったでしょ」
ネルネリの言っていた、「シタンは落ち目の国」だという話を思い出した。
「ちなみにこの国に来たのも、他国へ教えを伝えるという建前を使ってのことなのですよ! 本国は窮屈でして。ハッハ! まあ常套手段ですね」
「……」
開いた口が塞がらない。
「まあ、私も嫌がるあなたを無理やりに連れて行きたいわけではなくて」
でも嫌がっても無理やり連れてかれるんだよな?
「出来れば私と、楽しい探究の旅をしていただきたいのです。そのために。私と世界史の勉強から始めませんか? なかなか面白いですよ〜」
勉強って嫌いなんだよなあ。という考えが顔に出たのか、ダックス氏が、まずい、という表情で、ごそごそ懐をまさぐり何かを取り出す。
「今ならお守りもついてくる! ホラ!」
「え……」
目の前に掲げられたお守りには、こう読める模様が刻んであった。
「ダメ」
「だめ……?」
楽しげな顔を崩さなかった神父の顔色が、疑問の色に変わる。
「だめ、とは」
「あ、いや……俺の元いた世界の文字で、そう書いてあるように思えるんです。まえに見たのは、『チガウ』でした。いや、偶然かもしれないけれど────」
「コーセーさん」
「はい!?」
ダックス神父が急に纏った厳かな雰囲気に、圧倒される。
「この世界はある転移者の御業によって、人間の発する言語が統一されているそうです。だから私たちは、言葉が不自由なく通じる」
その話は、どこかで聞いた。しかし、じゃあなにもかも不自由ないのかといえば。
「だけど、文字は違う……」
「その通り。転移者の中には、内容を秘匿するために元いた世界の文字で記録を残す者も少なくない……これらの模様を遺した大聖女シエラも、その一人」
心臓が鳴る。俺と同じ文字がある世界からの、転移者。その背景に。聖女。その肩書きに。名前に。シエラ。とこ、しえら、いか────
「活躍したのは二百七十年ほど前。魔王を討ち滅ぼした勇者パーティの一員であり、それ以前には世界中を旅し、『十壊器』の元にも訪れていたと伝わっている────」
ああ。この世界に来てすぐに吐いて捨てた可能性が、俺の中で蘇る気配がする。それはとても弱い線だけれど、掴まずにはいられない。俺は思わず、首から下げた、彼女の遺品を握りしめた。
「その人の、本名は」
「はい」
「常來夏といわなかったですか?」
2
「インヴィー様。本日もよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「はい」
心のこもっていない「よろしくお願いします」に、これまた愛想悪く返事をし、庫内へと足を進める。後ろから事務員二名の会話が聞こえる。
「うわ怖〜。先輩。本当なんですね『ゴミ処理魔女』の噂。魔獣とはいえ動物の死骸を燃やすのって、なんも言われないんですかね」
「勤務中ですよ」
「いやぁ、そっすけどォ」
「……毒素を持つ魔獣の死骸の処理方法には、オロク教も寛容です。国ごとの事情もありますし、シタンはそう信者も多くない」
新人が入るたびに、こういう話が聞こえてくる。ここに十年以上勤めているという初老の男性が、つらつらと説明する。彼にとっても、慣れたものらしい。徹底して不干渉なその勤務スタイルは、奇異の目を向けられたり、露骨に態度を出されるよりはよっぽど気楽だ。
薄暗い通路を抜けると、そこにはいくつかの区画で分けられた巨大なゴミ庫。わたしの……一族の仕事は、ここに毎日運ばれてくる一都市分の廃棄物と、国中から集まる魔獣の死骸を焼き払うこと。
職員の指示に従って、まずは金属類の山に対面した。
「炎魔法────“地を喰む拇印”」
右手の先に炎の塊を創り出す。ひゅ、という、息を呑む音が後ろで聞こえた。わたしの魔法は大きすぎて、この国の人間にとっては異常なものに見える。
……違うか。わたしがすごすぎるせいで、どこに行っても変わらない反応かもしれない。そう信じていないと心が折れそうとか、そういうわけじゃなくて、客観的に見て。規模的に見て。この山のような量の廃棄物を、独力で数分のうちに焼失させることなど、他にできる人がどれほどいるんだろう?
憎むべきこの血。三百年も昔に、魔法国家アリンデウルの王を焼き殺した『弑逆の戦火』イロウ・インヴィー。そいつのせいで一族郎党、末代までバケモノ扱いだ。わたしが騎士として働いていられるのは、イロウが十壊器の作成を手伝ったツテで、このシタン帝国に家族を匿ってもらったからだと。お婆ちゃんが言っていたけれど。そもそもそいつが事件を起こさなければ、わたしは魔法の国で、望むような教育を受けられたかもしれない。少なくともこんなに怖がられてはいない。もしかしたら、賞賛を受けたかもしれない。そう思うと、怒りが湧いて止まらないのだ。
ごうごうと燃える炎を見て、わたしは自分の能力を確かめる。憎むべき血ではあるけれど、魔法自体は……好きだ。イロウに感謝するならば、こんな場所に家族を逃したことに対してではなく、才能をくれたことに。
「つぎ、向こうのターミナルで、獣の死骸をお願いします」
「はいはい」
魔獣のなきがらを燃やすのにも、いいかげん抵抗がなくなった。毎日のように、何百体と焼いているのだから当たり前だ。だからこの、腐臭のする丘を前にして起こる、なにか魔力が鈍るような感覚は、燃やすことにではなく、燃やすわたしを見られることへの嫌悪なのだ。自分のそういうところが、みにくいと思う。
ため息をついたら、後ろの職員が、一歩後ずさる音がした。不快だったが、そういえば、そんな思いをするのも久しぶりだった。ちぢこまってびくびくしてるのが普通だったのに、最近へんに、居心地がよい場所にいたせいで。あんなこと……
息苦しい、この日常からの解放。それが、わたしの都合だった。
一際大きい魔物の骨が炭化しがさりと崩れる音を後ろに聞きながら、早足で外へ向かう。
ローブに染みついた死臭が、やけに鼻を刺した。




